花束

買い出し中に町で見つけた花屋に徐ろに立ち寄った伯理の後を追う。店頭に並べられた花をざっと見渡して、中から顔を出した店員に伯理は大きな声で言った。
「好きとか愛してるって花言葉の花ってここにどれだけありますか?」
「は?」
「へ?」
後ろにいた千鉱も驚いて、それを真正面から聞いた店員も目を丸くした。何の冗談かと彼の顔を見るも、その表情はどうにも真剣で。『マジでか…』と千鉱も若干引き気味である。あまりに真剣な顔で聞かれた店員は、千鉱よりも早く立て直し、少々お待ちくださいねと微笑む。
「ハクリ、店員さんを困らせるな」
「え、あ、…む、無茶だった?」
「うん、良くないと思う」
千鉱に指摘をされ、伯理は慌てて店内の女性に声を掛ける。無茶言ってごめんなさいと言えば、花を数束腕に抱いた店員が笑った。
「大丈夫です。意外と良くいらっしゃいますよ、花言葉でオーダーされる方」
「あ、そ、そうなんだ…」
「ただ、あまりにもストレートで驚いてしまって」
店先で愛の告白の様な事を言う客などおそらく初めてだろう。微笑ましげにくすくすと笑う店員を見て、今更恥ずかしくなってしまった伯理はほんのりと赤い頬を指で掻いた。
「例えば、こちらであれば」
そう言いながら伯理の目の前に花を出す。店員の言葉を熱心に聞く伯理の少し後ろで、千鉱は彼方を見ていた。ただぼんやりと忙しない人波を眺めて、深く息を吐く。
(…好きな人が、いるんだな)
伯理には好きな人がいる。花言葉にそんな意味を沢山込めて贈りたいほどに、好きな人が。自分と出会ってから出来たのか、それとも出会う以前からの付き合いの人なのか。どちらかは分かりかねるが。千鉱は伯理に対し、少し申し訳なさを覚えた。
(ハクリはそうやって普通の事を普通に出来る人なのに、巻き込んでしまった)
彼の出自が普通にさせてくれないのは分かった上で。それでも今の伯理には、普通になれる余地も機会も何度もあったはずなのだ。それでも彼がこちら側にいるのは、彼が選んだ事とはいえこの手を取らせた責任の一端は千鉱自身にもあると思っている。だから彼には少なからず、罪悪感の様な気持ちを覚えていた。
(少しだけハクリが羨ましくも思う)
例えば、千鉱が今抱いている心のつっかえる部分だとか。それを明確に言葉や形に出来たなら、きっとこんなに靄の中にいる様な心地にはならないのだと思う。
「チヒロ?」
遠くを見ていた千鉱に、花束を持って戻った伯理は声を掛けた。千鉱はハッとして伯理の方へ視線を戻す。鮮やかな花々が美しいブーケを片手に、伯理は首を傾げた。
「チヒロどうした?ぼーっとして」
「あ、いや」
「具合悪い?」
調子は別段悪くはないので、違うと首を振れば伯理はすぐに引き下がった。見送るために外に出てくれた店員に丁寧に会釈して、二人で並んで歩く。振り回さない様に丁寧に運ばれる花束からは青臭さと、その隙間に僅かな甘さを感じる。
「…何で急に花束?」
「ん?」
「そんな話、してなかっただろ」
「ああ、別に理由とかないよ。何となく、形にしたくて」
「そうか」
「ねぇ、拠点に花瓶ってあったっけ」
「…えっと?」
どうして拠点を指し示すのか。拠点の誰かにあげる花束なのか。こんなに好きだとか愛だとかを込めた尊大な贈り物を。思い当たる人は非常に少なく、限られている。まさかコイツ、ヒナオさんの事がと思い立ったところで、伯理が千鉱の名前を呼ぶ。俯いて考えあぐねてたところ、顔を上げて伯理を見れば。彼は目を細めて千鉱へ花束を手渡した。
「チヒロ」
「…あの」
「あげる」
ズイと差し出された花束をおずおずと両手で受け取って。花の群を真上から覗き込む。
「花言葉の説明、チヒロ変なとこ見てて聞いてなかっただろ」
「俺の買い物じゃないし」
「俺が全部解説してやろーか」
得意げに言う伯理に千鉱は首を横に振る。説明されなくたって、一番最初に伯理が自分で宣言していた。多少の言い回しの違いはあれど、大きく見ればこの花々の全てが温かな意味を持っている。大きく開く花弁を人差し指で優しく触れれば、花は僅かに揺れた。
手の中にある花束に千鉱が覚えた感情は、嬉しいよりも先に安堵であった様に思う。ゆっくりと息を吐いて肩の力を抜いた千鉱の反応を呆れられていると思ったのか、伯理は彼のご機嫌を伺う様な顔で千鉱を覗き込んだ。
「…いらん?」
「何でだ?」
「溜息吐いた」
「あ、いや」
「キモい?」
「キモくない」
何も無いのに花束を渡すなんてキザだと思うし。何だか気恥ずかしいが気持ち悪いとは思っていない。花束を上からマジマジと見つめて、千鉱はかすかに、誤差の範疇の様な角度で口角を上げる。
「安心」
「安心?」
「ハクリの心にいる、花束を渡したくなるくらいの一番が、ちゃんと俺で良かったって」
伯理は歩いていた足をピタリと止めて。赤い顔をして千鉱を見る。言葉に動揺する伯理に千鉱は目を細め、少し先を行く。
「チヒロの」
「うん?」
「一番も、俺?」
恐る恐る探る様な声に千鉱は少し振り返って。小首を傾げた。
「そうかもな」
「かも?」
「そうじゃなきゃこんなキザな事されても嬉しいって思わない気がする」
改めてキザと揶揄されて、何だかとてもとても恥ずかしくなった伯理は。その場で顔を隠した。もう耳から頬まで真っ赤になった顔は腕では隠しきれずに、隙間から僅かに窺える。
「ハクリ」
「…なに」
「ありがとう、嬉しい」
花束に頬を寄せて、顔を埋めて。優しげに眉を下げて伯理を見れば、彼はやっぱり顔を赤くしたままで。それでもコクンと頷いて、短く言葉を返した。
「…うん」
拠点に戻ったら、とりあえずどこかにあるかもしれない花瓶を探して。愛に溢れた花達をしっかり活けて、少しでも長く綺麗に咲ける様にしてあげなければと千鉱は思った。

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