せーので

人殺しなんだよ。普通の人から見れば。化け物と変わりないんだ。そんな事分かってる。
理解はしている。受け入れてもいる。それでも自分の中で何とも言えない感情は残る。悲しさと言うにはあまりにあっさりしていて、後悔とも違うけれど胸には確かにつっかえの感覚がある様な。つまるところ、気分の良いものではない。
薄らと開いた口から息が溢れる。呼吸とも溜息とも取れそうな薄い風が、吹いて来た西向きの風に吹かれて消えた。
背筋だけはいつも通り、前を見据えて。それでも吸い込むよりも吐き出す方が多い千鉱を伯理は横で見ていた。
昼まで降っていた雨は夕方になって上がった。夜に残されたのは重たい曇天と、湿って重さのある空気と、濡れたアスファルトである。伯理は滑りやすい地面をザクザクと歩いた。重たい雲で隠された闇の中、照る街灯が照らす道を眺める。
「チヒロ」
「なんだ」
「下見て」
「下?」
伯理に言われて下を見るも、そこにはアスファルトのみである。雨粒でびちょびちょに濡れた道路をマジマジと眺め、千鉱は首を捻る。
「何だ?」
「雨上がりの地面って綺麗じゃね?俺結構好き。これ、最近の新発見ね。家いた頃はあんま外出なかったし。ずっと家で稽古してたか、殴られてたか」
爽やかな口調でサラリと溢される自虐的な言葉に千鉱は思わず顔を顰める。それを見た伯理は冗談と笑って誤魔化すけれど、それが概ね事実なのだと千鉱は知っているので誤魔化されるはずもない。
「チヒロは雨好き?」
「…そこまで。気圧?空気?が苦手だ」
「頭痛くなるタイプ?」
「そこまでではないが、身体が少し重い気がする」
おそらく今の身体の重さは雨天とは別の要因もある様な気がする。自覚も無しに、千鉱の首は前のめりになっていく。
「チヒロ〜」
半ば項垂れる様な彼に伯理はのんびりとした声を上げる。顔を上げた千鉱の手をそっと取った伯理はそのまま手を引いた。
「せーの」
「え」
「ジャンプ!」
伯理の声に合わせて、思わず大股で飛ぶ。下にあった水溜りを飛び越えて、綺麗に着地をした。
「急に」
「やったな〜」
「何がだ」
何がやったのか、伯理は何も言わないし。千鉱とて何も分からないけれど。たかだか水溜り相手に十七、八の男二人が手を繋いで、やたらと高く飛んでいるのが何だかとても面白くなって来て。ヘラヘラと笑う伯理にも釣られて、千鉱の表情も少し緩んだ。
「水溜り飛び越えるだけでちょっと楽しいの何なんだろ」
「…俺は、ハクリが隣でジャンプしてるから、少し楽しい」
「あ!俺もチヒロと一緒だから楽しい!それだ!」
伯理はワッと笑う。夜道には似合わない明るい声に、千鉱も身体の力が抜けた。先程までの気負った様な表情も既に解けている。
「ま、チヒロといたら台風だって楽しいよ」
「台風の時に外出たらいけないぞ」
「出ねーよ」
伯理は千鉱の手を引く。また一つ、前にあった水溜りを飛び越えて、振り返った。
「チヒロが人殺しだって、俺はチヒロの事を信頼してるし、侍だし、ヒーローみたいなもんだし」
分かっていたのかと。彼は全て見据えていたのかと。千鉱は目を見開き、丸くする。伯理は驚く彼にニッと笑って、水溜りを挟んだ彼の腕を引いた。
「チヒロだって思う事はあるよな、人間だし。それならもういっそ、都合の良い事にだけ耳傾けちゃえば良いと思うんだよな」
「…勝手すぎないか?」
「勝手で良いじゃん。他人に左右されるより、自分のすべき事を成し遂げる方がチヒロにとっては大切だろ」
ハクリは凄いなと思わず口を突いて出る。彼とてこうも前向きでいられる様な状況ではなくて。ほぼ親殺しとも言える様な事をして、実家の全てを壊した冒涜を犯している。千鉱の共犯者として名を連ねたのだ。おかげで神奈備にも二人して目をつけられてしまった。
それでも伯理は変わらず笑って。こうして隣にいて、手を引いてくれる。それにどれ程救われているのかなんて、きっと伯理には分からないのだろう。
カラリと笑う彼を見ていると、何だか自分が情けなくなってしまって。それでも、そう言われたらもう俯いているのもアホらしく思えてしまって。もう何だって良いよなと目を細めた。
「そうだな。復讐なんて、結局、俺のためでしかないのかもしれない」
「そんくらいでいいんだよ。他人の事背負い込みすぎたら辛くなるのはチヒロだし。…ま、お前を親殺しの共犯にした俺が言える事ではないのかもだけど」
「…あの時は、利害が一致してたんだ。そう言うのじゃないよ」
そっかと返事をして伯理は千鉱の腕をまた引く。促す様な動きに伯理の目を見れば、彼は答える様にまた腕を引いて。楽しげに笑った。
「チヒロ、ジャンプだ!」
伯理に言われるがまま、水溜りを飛び越える。大きく飛び上がり、湿った靴の裏から少し水滴が飛んだ。そして何事もなく水溜りの向こう側に着地をする。飛び上がった時に起こった僅かな風が水溜りの水面を撫でて、緩やかな波紋を作っている。
「やったー」
「…やった?のか?」
また何故だか喜ぶ伯理に倣って千鉱も手持ち無沙汰の片手でガッツポーズをしてみる。そんな彼に伯理も満足そうに頷いて、そのまま手を引いた。千鉱の手を引いて、雨上がりの夜を駆け抜けた。
「早く帰ろーぜ。みんな待ってる」
「そうだな」
「腹減ったー!」
星も見えず、どんよりと暗い空の下。自然と頭が下がる様な重たい空気の中を二人で走る。平坦な道を走るのにお互いの支えなんて必要はないけれど、それでも二人で手を握った。息苦しさの全てを置き去りにして、灯の元へ飛ぶ様に駆けて行く。

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