買いたい物があるからと言って少し遠出をしようとした千鉱に着いて行ったのは伯理だった。特に用はないし、寧ろ特に用がなく時間を持て余しているからこそ、彼の外出のお供をして暇を潰そうとしていた。男手もう一つ、荷物持ちにはなるよねと念を押せば、まあ良いがとすんなり頷く。念押しの必要なんてきっとなかった。普段から私物を増やさない彼の買い物なんて、きっとエロ本でもAVでもなく、皆も使える共用の日用品なのだろうし。
何でもない日用品と食材を買って帰路に着く。荷物持ちだと言って着いてきたくせに、伯理が持つのは軽い袋だった。食材の入ったずっしりとした袋を持つと手を伸ばしたは良いものの、千鉱は『ありがとう』と首を傾げてその手を躱した。
流れる窓の外の景色は夕暮れだった。遠くの空で夕日がゆっくりと沈んでいく。建ち並ぶビルは橙色の光を浴びてテラテラと光っている。荷物持ちなのにまともに荷物も持たないで俺は一体何しに来たのだろうと、伯理は夕焼けを見ながら思った。ただ着いてきただけだ。冷やかしと一緒だろ、完全に。何だか恥ずかしい思いに駆られて、人知れず口を固く結んで噛み締めていると。ズシリと肩に重さが掛かった。
「チヒロ?」
隣に座る青年に顔を向ける。彼はその呼び掛けにハッと項垂れていた頭を戻し、その数秒後にはまたこくりと船を漕ぐ。暫く頭を上下させていた彼はすぐに動きを止める。頭を完全に伯理に預けて、静かに寝息を立て始めた。
「…あれ、寝ちゃった」
肩に乗る千鉱の顔を覗き込む。彼はとても穏やかな顔をして目を瞑り、静かに寝息を立てていた。
彼が握っていた袋がガサリと音を立てる。力の抜けた指から、ビニール袋の持ち手が抜けて落ちそうになっていて。伯理は慌てて彼の手から袋を取って手に持った。
千鉱の小さな寝息が首元を掠める。それが擽ったくて思わず首を爪で掻くと千鉱も身じろぎをした。起こしてしまったかと彼を見れば、千鉱は変わらず静かに眠っている。
「…チヒロは一人で頑張ってるからなぁ」
自分達の生活の事も、彼が成し遂げたい事も、多くの重たい物を背負おうとする。柴という大人が、薊という大人が近くにいたとしても、二十歳にも満たない青年が抱えるにはあまりにも重たいはずだった。
そんな彼に助けられた人は沢山いて。それはシャルも、そして伯理自身も含まれている。だが彼らとは反対に甚大な被害に遭ったり、犠牲になってしまった人だっていて。その全ての人間から寄せられる期待や、怨恨もその一身に背負っている。彼の事だ。千鉱には何の罪もないのに、彼の父が作った妖刀によって奪われた者の無念と呪いまで勝手に抱え込んでいるのだろう。
そりゃあ疲れるよなぁと伯理は思う。おそらく自分ではそのプレッシャーは想像も出来ない。近年ではもう実家からの期待は一ミリだってなかったし、その実家も消え失せて伯理は今や自由気ままな縛られない身であった。
寝息を立てる千鉱の顔を見つめて、目を伏せる。それからゆっくりと視線を上げて、人の隙間から徐々に暗くなりゆく外をぼんやりと眺めた。窓に反射する自分達の姿が目に入る。
(何にも縛られない俺だからこそチヒロに対して出来る事があれば、俺はそれを全力でしたい)
夕暮れの車内は程々な混雑具合だ。誰もが携帯を触ったり音楽を聞いたり、本を読んだりしていて自分達どころか自分以外の他人に対して微塵も興味が無さそうで。それでも伯理は細心の注意を払って、こっそりと、絶対にバレない様に千鉱の手に触れる。傷と、豆の出来たボコボコな手を一瞬だけ撫でて、すぐに離した。辺りを見渡せば、二人には誰も関心を持っていない様でホッと息を吐く。
(チヒロの力になりたい)
自分が彼を助けたいというのは、とても烏滸がましいから。せめて少しであれ力になれればと伯理は願う。
(まだまともにお前の隣で戦えねぇけど、せめて今はお前が隣で安らかに眠れる様な存在であれたらいいな)
穏やかに眠る彼を起こさないために、なるべく身を動かさない様に気を使う伯理だが。そろそろ彼らの目的地に着いてしまう。それにこんな空が暮れなずむ時間に眠ってしまえば、真夜中にちゃんと眠りにつけなくなってしまうかもしれないし。そうなれば退屈しないよう、夜ふかしに付き合う事も吝かではないけれど、彼のためではない様な気がした。
目的地まであと数分。多くの人を運ぶ揺れる鉄の箱の中で、伯理は『チヒロ、起きろ』と小さく囁いて彼の肩を揺らした。
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