パパママ

「あ、ねえ、パパ」
ゆったりと目を細めて手招きをする。以前よりも大きなシルエットの彼女は駆け寄って来た彼の手を取って優しく引いた。
「大皿取ってくれない?」
「ああ、任せろ」
頭の上の棚を開け、大きな陶器の皿を取る。それを手渡せば悠仁はニコニコと笑って礼を言った。
それから開けたままの戸棚を覗き込み、手を伸ばす。彼が手に取ったのは青と緑のグラデーションが綺麗なチタンのタンブラーだった。あわせてその横にある黄色と青の色違いのタンブラーも手に取る。
「あと晩酌用のタンブラー…」
「お酒飲んでいいよ?」
「悠仁が飲めるまで禁酒する」
「一緒にする必要ないのに」
「する」
恵が禁酒をする理由など全く無いし。飲んだって構わないと言うのは彼女も思っている事だが、恵は頑なに飲まない。それは、妻が禁酒中に飲むのは何だか申し訳ないと思っていたし、生まれるのを待つだけの立場で、何も出来ないのが嫌だったから少しでも協力してる気になりたいと言う自己満足でもある。とは言え、普通の旦那よりも格段に家事も日々の介護も付き合っているので、悠仁的にはもう随分と世話し尽くされていると言うのが感想である。
「ねー、前釘崎からね、アイスでいけるフルーツティーもらったから一緒に飲も?ちょっと見てこれめっちゃ可愛くない?でもこれ飲む時はタンブラーよりグラスの方がいっか」
「かもな。…やっぱりあいつ、センスいいな。ノンカフェインとかも気を付けてくれてる」
「ね!今度お礼買わなきゃね」
「ていうか」
「んー?」
「パパって呼ばれるのいいな」
「あれ?時差で来た?」
頷く恵の顔はひどく嬉しそうだ。派手な表情の変化はないものの、情けなく緩みそうな口角を必死に引き締めて取り繕っている姿は窺える。
「あたしのこともママって呼んで!」
「あんまりはしゃぐなよ、ママ」
「へへ」
どこか照れ臭そうに、悠仁はニコニコと笑う。嬉しそうな妻の様子に、恵は愛おしそうに目を細めた。
「でもチビちゃんと一緒に暮らしてたらパパママ呼びが普通になって、次は逆に名前呼んで欲しくなるのかな」
「子供が寝たら普通に名前で呼ぶだろ」
「えー、ママのこと?」
「そりゃそうだろ」
「じゃああたしもパパのこと名前で呼ぶ」
「今と変わらねぇって」
楽しそうにケラケラと笑う彼女。まあ、楽しそうならそれでいいかと悠仁が笑う様子を恵はのんびりと眺める。
「恵、早く会いたいね〜」
「…早く会いたいのはそうだが、まずは無事に生まれて来れる大きさまでしっかり育ってほしい」
「そりゃそうでしょうが、言うまでもなく。元気に生まれてもらわなきゃ」
まだ生まれるまでは、数ヶ月分の間がある。ぽっこりと出た彼女のお腹はまだまだ成長途中で、これから更に大きくなるのだ。腹が大きくなって自分の行動が制限される反面、その分子供は順調に育っていると言う事なのだから、大きくなるに越した事はない。優しく自身の腹を撫でながら、悠仁は『大きくなってね』と声を掛けた。
「恵がこの子にパパって呼ばれるのってどんな感じなんだろうね」
「どんな感じって何だよ」
「なんかお互い人の親になるって凄い不思議な感覚じゃね?」
「それはそうだな」
「分かんない事だらけだね〜」
困ったなぁと笑う彼女は、どこか幸せそうで。とても困った様には見えなかった。妻が自分達の子供に会う事をこんなにも楽しみにしていて、毎日同じ事を口にするくらい浮かれていて。そんな様子を見ていると恵の心もとても温かな気持ちになって。恵の表情にも、外では到底見られない凪の様な穏やかさが滲んだ。
「この子が、愛に満ちた素敵で幸せな人生を送れるといいなぁ」
「そう生きられる様にしてやるのが俺達の義務だろ」
「そうだね」
沢山抱き締めて、名前を呼んであげて。この子が生まれた意味なんてそんなくだらない事を考える余裕もないくらい、沢山のもので心を満たしてあげたい。悠仁は恵の腕に抱き付き、頬を寄せた。
「さっすがパパ!」
「ほら、もういいから、ママはソファー座っとけ。飲み物は俺が用意するから」
「うん!ありがとう!」

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