「チヒロって料理も上手いし、食後に何も言わずにお茶淹れてくれるし。器用で気も利いて、めちゃくちゃ最高じゃんな」
そう千鉱を褒めちぎってはニコニコと笑った。そう言われている当の本人はどこか困った様な顔をして、伯理も気付かない程薄らと耳を赤らめていた。
「俺と結婚してくんね?」
伯理は依然としてニコニコと笑っていて。冗談みたいに、いや、軽い冗談でそんな事を口にして。そう言うところちょっと軽薄だよなと呆れる千鉱は重ねた食器をシンクに置いて伯理の元へ戻る。二人でテーブルを隔てて向かい合った。中腰でテーブルに置いた腕の上に顎を乗せ、下から覗き込む様に伯理を見つめる。
「…俺がお嫁さん?」
「…へ」
「幸せにしてくれよ、あなた」
伯理が息を呑む音がした。してやったり。千鉱は少し得意げである。ユーモアが苦手な彼なりの、可愛らしい意趣返しであった。
伯理は見開いた瞳を揺らし、千鉱を凝視する。そんなに見つめられると何だか少し気まずくて。いそいそと立ち上がった千鉱は洗い物でもしようかと腕を捲ったところで。外に晒された手首を力強く掴まれた。
「ハク」
「…っ俺、幸せにするから!チヒロのこと!」
「え?なに」
「絶対絶対後悔させないし、世界の全部敵に回してもチヒロの味方だから!」
「は?」
「俺がチヒロに婿入りするし!六平になるし!」
止まらない伯理の言葉に、千鉱は面食らう。まるで荒波の様に寄せては全部を攫っていく勢いの伯理に思わず後退した。
「いやあの」
「めっちゃ好きだチヒロ!」
などと大声で叫んだ伯理はテーブルに足を掛けて千鉱へ手を伸ばす。あまりにも大胆な距離の詰め方に驚いて唖然とする千鉱へ、伯理はズイと顔を近付けた。そして固まる千鉱の唇へ、無遠慮にキスをして。千鉱に勢い良く突き飛ばされて、テーブルの上から転げ落ち、とてつもない音を立てて床に身体を叩きつけた。その音にハッとした千鉱は床に丸まって痛がる伯理に慌てて謝罪をすると、彼は大丈夫とでも言う様にサムズアップをして。それでも片方の手は頭を抱えていたため、千鉱の心配がたかだかハンドサイン一つで取れるはずもなかった。
起き上がった伯理を椅子に座らせ。念入りに頭を見てあざ一つない事を確認してから水を手渡す。コップに並々と入ったそれをごくりと飲み干して、テーブルに勢いよく置いた。
「ハクリ、コップ壊れる」
「ごめん!」
「…何でキスした」
「すみません!思わず!勢いで!」
全然謝罪の意がこもっていない謝罪に千鉱は溜息を吐く。彼が置いたコップを手に取り、再び水を注いでまた伯理の前に置いた。
「もう一杯飲んで落ち着け」
「俺めっちゃ冷静!」
「嘘つけ」
「いや、マジで!もう言っちゃったから開き直るけど俺チヒロの事めっちゃ好き!法が許すなら結婚してるし!」
「…してるって、結婚は俺の意志も必要だろ」
千鉱が断れば結婚は出来ない。そう言われて伯理はショックを受けた様な顔をして項垂れるも。すぐに身を乗り出して千鉱に顔を近付ける。
「俺、チヒロの事を大切にする自信あります。自信しかありません」
「そうか」
「俺は漣を捨てられる。六平伯理になります」
六平伯理。何故だかどこかしっくりとくる響きに千鉱は不意に気まずくなって。『そう…』と冷たく流した。この流れで何だかしっくりくるねと納得だけはしたくなかった。いいように丸め込まれそうで。
「チヒロ、俺と結婚しよう!好きだ!」
「法が許さないな」
同性婚は未だ膠着状態。世界的には認められていても、自分達の戸籍がある島国ではまだまだ遠い未来になりそうで。自分達が生きている間に法で守られない関係性が認められる様になるのかすら、見通しはつかない。それでも伯理はまっすぐと千鉱を見て、真剣な顔で言った。
「俺はチヒロの作ったご飯にちゃんと美味しいって言えるし、ありがとうも言える。チヒロとずっと一緒にいる。地獄まで、一緒に行く」
「地獄はいいよ」
「いや、行く。無理矢理着いてく。俺は絶対いなくならないから、チヒロの欲しいもの全部あげるし」
「別にないな、ほしいものは」
「俺は?俺は欲しくない?ちゃんと、チヒロの後に死んであげるし」
「お前の方が長生きなのか?」
「うん」
「うんって」
何の根拠もない肯定に千鉱も思わず笑ってしまって。千鉱は明確な答えを返す事はしなかった。ただ面白そうな物を見る様な顔で伯理を見て、話を聞いている。だがその実、千鉱はとても嬉しくも思っていて。誰かを見送る事の辛さは、もう十分と言うほどに知っているし。伯理には万が一父の様な事になってもそれなりの対抗策があるため、それもどこか伯理の言葉の信憑性を増す様な力を持っている。
「…まあ」
「お」
「強くなったら考えてやる」
蔵も威葬もまだまだ半人前の彼に。もっと強くなって信じさせてみろと言ってみれば。変にやる気になってしまって、バカみたいな大声で返答をする。やはり勢いだけはある伯理に千鉱は優しく微笑んで、彼の額に強めのデコピンを仕掛けた。
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