だってさ、ほら、タケミっちが可愛すぎるのがダメなんだよな、やっぱり。
そう言った千冬はうんうんと頷いて、一人でに満足そうだ。そんな彼をじっとりとした目で友人一同は見つめる。その中の一人、タクヤだけはにっこりと温かく笑って鋭くツッコミを入れた。
「何がやっぱりだよ」
「やっぱダメだろ!タケミっちが可愛いせいで、俺がこんな事してるんだから!」
「何?女装して偶然装って武道と接触して、捨てアドまで作って千冬とは別人格のチハルちゃんとして彼女の交友関係探ってるとこ?」
「おいタクヤ、チハルちゃんは別人格じゃなくて、俺とは別人のタケミっちの友達!」
「怖っ」
「怖いよ」
「気持ち悪」
黙って聞いていた面々と口々に言う。青い顔をしたアツシに至っては、最早言葉も出ない様子で。ドン引きの様子で絶句していた。
「つーかこんな事をしてるって自覚はあるんだ」
「女友達になりすますって普通にキモいだろ」
「なんかその自認あって尚こんな事してるの本っ当に怖いよ、俺は、お前が」
「でもタケミっちが可愛いから、心配だし」
何か問題でもと言いたげな顔をして。友人達を見やる千冬に狼狽えて。一同は各々の顔を見つめ合い、ただただ戸惑いを浮かべていた。
「…何がキモいってなぁ」
マコトがジロリと千冬を見る。何だよと軽く睨み返せば、彼は気まずそうに顔を逸らした。その代わり敦が口を開く。
「いや、別にさ、男が美容に気を使う事はそこまで偏見ないのよ、俺は、マコトとは違って」
「…俺も、そこはアッくんに概ね賛成」
「おい何も言ってねぇだろ!まだ!」
「まだかよ。言おうとしてたのかよお前」
敦と、彼に同意した八戒は顔を見合わせる。それぞれ苦い顔をして息を吐いた。
「なんか美容に気を付ける理由が理由だから、ドラストでスキンケア用品見てるお前を肯定出来ないんだよな」
「いいだろ!これからの時代!男も綺麗になるべきだろ!」
「時代の先駆けになろうとしてる意識は良いね」
「そこは否定してねぇんだよ」
「タクヤ甘やかすな!コイツは恋人を女装して監視するために綺麗になろうとしてるんだよ!惑わされんな!」
はっきりと全てを言語化すると何だか悍ましく感じるもので。この中では割とお喋りな方の山岸でさえもう絶句である。彼女に対する独占欲までならまだしも、それが意味の分からない方向へ迷走し、当の本人も最早疑問を持っていない事が恐ろしいのだ。いや、何もかもおかしいし、ていうか監視って重すぎだろ。それが敦らの見解である。
「…その、タクヤ的には、いいの?」
「何?八戒」
「大切な幼馴染の女の子の彼氏がこんな女装する束縛のバケモノなんて」
「バケモノ言うな!」
「コイツに武道が幸せに出来るとでも!?あんな恥も外聞もねぇド変態になんか!」
「お前もしかして女装してる時女子トイレに入ってる…?」
「入るかぁ!ふざけんな!入る訳ねぇだろ!俺を何だと思ってんだよ!」
「変態」
「アホ」
「バカ」
「マヌケ」
「今流れだけでマヌケって言ったやつ誰だ?マコトか?」
タクヤに半ば抗議の様な形で声を荒げる八戒と敦にタクヤはフッと笑う。身近な変質者を前に余裕の笑みを浮かべる彼に、一同は言葉を待った。
「…正直、千冬は武道の事、かなり大事にしてくれてるから、信頼してる。武道の意思も汲み取って、アイツがやりたい事やらせてあげてるところとか、武道も幸せそうで俺も安心するし」
「タクヤ…」
「まあ、それはそれとして女装して女の子に近付くのは普通にキモすぎると思う」
「そこだろ!彼氏がそれで良いのかって話!」
「だから!何度も言ってんだろ!タケミっちが可愛いから!仕方なくだって!チハルちゃんは別に俺の!趣味でも!何でもねぇって!」
「それを理由に使命感だけでスキンケアまでしてるお前が怖いんだよ俺達は」
「ペケJも怖いだろ、主人が部屋でメイクしてカツラ被ってスカート履いてんの」
「何が問題なんだよさっきから!お前らにはやんないしヒナちゃん達にもやんねぇって!」
「ヒナちゃん達にやってたら俺はもうお前と友達やめてる」
「本当にしんどい。家から出ないでほしい」
「犯罪者予備軍だろ普通に」
「女子トイレ入ってそう」
「入ってねぇ!」
「マコトでもやんねぇぞ」
「おい俺を何だと思ってんだ」
「マコトと一緒にすんなよ」
「俺もお前だけには何も言われたくねぇ」
好き放題言われてはいるが、状況の異常性は咎められないもので。千冬だけがさも当然かの様に堂々としているのが、もう諸々の恐怖を増長させる要素となり始めている。
因みにこれは教室の一角でのやり取りのため、教室にいる他の生徒達も一連のやり取りはバッチリ聞いていた。そんなあまりにも広まりそうなとんでもない話題なのに誰も何も言おうとしないし、話の輪に入ろうとしないのは、この集団全員が不良な事も然り、内容が気持ち悪すぎる事も然り。怖さとドン引きでこの場の全員がただ静かに聞き耳を立てるだけとなっていた。
「あと本当にスキンケア用品と一緒にコンドーム買わんでほしい」
「全部知ってるから本当に嫌な気持ちになるよなアレ」
「害はないけど害があるんだよな」
「何言ってんだアッくん」
「お前が何してんだよずっと」
「わ〜、ごめん〜。購買混んでて〜…え」
教室はやけの静かだ。この何とも言えない空気感の中、突き破る様な勢いで帰って来たのが武道である。この空気感の中、タクヤと千冬だけが彼女の名前を呼んで迎え入れる。
当人の知らない内に巻き起こっているこのあまりに気色の悪い話を、誰か伝えるべきかと口を開いて、男達は何も言わなかった。彼女にとってチハルちゃんは大切な友達なのかもしれない。冷静になってそう考えたら、黙っていても良いのかもしれないと思ったのだ。ここで分かる通り、男達は誰一人として武道がチハルの正体に気付いているとはつゆほども思っていない。
「…何この空気?何の話してたの?」
「…いやっ」
「なんでも」
「じ、女子には!言えねぇな〜!」
その言葉はあまり言うべきではないとは一同思っているが、山岸の対応には一同感謝した。努めていつも通りのおちゃらけを演じる彼が、今、一人の英雄の様に思えた。それは教室全体がそう思った。今この瞬間、山岸の株が、好感度が鰻上りである。
「えー、またデカい声で下ネタ言ってたの?やめろよマコト。そんなんだから彼女出来ねぇんだよ」
「え、何で今俺咎められた?何も言ってないのに」
「そう言う事にしてくれマコト!頼む!」
「お前一人の犠牲で救われる命があるんだよ!」
「最悪のトロッコ問題」
「何騒いでんの?」
「何だろうなぁ。タケミっち何買ったんだ?」
「んー?焼きそばパンと、コロッケパン!見て!」
下げたビニール袋からパンを取り出し、ニコニコと千冬に見せる。楽しそうなのは良い事だが、その横でそうかそうかと優しい顔をする千冬は一体何様なのだと誰もが突っ込みたかった。
「あれ、コロッケパン新しくなってない?レタス入ってた?」
「そう!購買のおばちゃんがコロッケパンちょっと豪華になったって言ってた!その分値上げしたけど…でもソースと一緒にね、マヨも掛かってるんだって」
「めっちゃ良いじゃん」
「マヨめっちゃ美味くない?私最近マヨ掛けんの結構好きなんだよね、サラダとか」
「小さい頃マヨあんま好きじゃなかったなぁ、俺。武道もそうだったよね」
「あ、俺も。実はペヤングにマヨ掛けて食い始めたの最近」
コイツ良くこの空気にしといて和気藹々と雑談出来るなと睨む。いつもは五月蝿い山岸やら八戒やらが黙っている事に疑問を覚えるけれど。まあそう言う時もるよなと深くは追求しないでいる武道である。
「何?皆飯食わねぇの?…もしかして先食べちゃった?」
「食べます!」
「食べてません!」
「あ、お、おう」
不自然な勢いに気圧されつつ。空き教室行こうと声を上げる武道に応える様に立ち上がり、不良集団は教室を去った。残された面々は各々顔を見合わせ、置き去りにされた強烈な事実に困り顔を浮かべた。
空き教室の椅子やら机やらを動かした一同は椅子に座り、並べた机に昼飯を置く。こんな昼休みの最中、どうして都合良く教室が空いているのかと言えば。彼らが屯しすぎた結果、数年前まであった暴走族、東卍の元幹部メンバーの溜まり場として学校中から噂され、怖がって誰も近付かなくなっていた。
購入したパンのラップを剥がしながら、武道はどこか疲れた様な表情の敦達を見る。アッくんって意外と下ネタとか得意じゃないからなぁ。話聞いてて疲れちゃったのかなと推測して、黙っていた。
主に千冬とタクヤが喋り、調子の戻って来た山岸がおちゃらけ始め、それを機に全員が普段通りになったところで。突然、武道が『あ』と小さく声を上げ、隣の千冬に話し掛ける。
「あ、ねぇ、聞きたい事あるんだけど」
「ん?何?」
「今度さぁ、ヒナとエマちゃんと、あと千咒と原宿行くんだけどさ」
「おう。行ってらっしゃい」
「千冬にお願いがあって」
「何だよ」
「チハルちゃんで一緒に来てもらえたり、する?」
彼女の口から飛び出す非常にタイムリーな単語をスルー出来るはずもない。山岸達や、千冬ですら大声を上げた。
「え!?」
「は?」
「えっ!」
「え」
「えっ、た、タケミっち…?」
「やっぱダメ?皆チハルちゃん見たいって言うから」
「え、お前気付いてたの!?」
思わずそう言ってしまった山岸に武道は首を傾げる。そりゃそうでしょとどこか呆れ顔で言った。
「流石に分かるだろ。女の子にしてはガタイ良すぎるし、男が無理矢理出す女の声を女って思うのは流石に無理ある」
「マジでか」
口を押さえ、信じられないと瞳を揺らす千冬。冷静に考えれば、本物の女に対して女装男をぶつけて誤魔化されるはずもないのだ。自分や他の友人達との差異で、簡単に気付いてしまうだろう。そんな事にも気付かなかった彼らの女性経験の無さと、彼女を如何にみくびっていたかがありありと示し出され、武道はムッと唇を尖らせる。
「それくらい分かるだろ、バカにしてんのか?」
「いやでも実際バカだし」
「うるせぇ!でもまあ、男だったら騙せてた、かも?振る舞いとか言葉遣いも可愛かったし。ていうか外見もめっちゃ可愛くはあるんだよね。ガタイの良さはちょっと隠しきれてなかったけど」
「嘘だろ…俺の女装は完璧だったはずなのに」
「いや、女装としては完璧だけど、女としてはどう足掻いても無理」
別に完全に否定をされた訳ではなく。寧ろ可愛いと褒められてはいるのだが。彼女に通用していなかった事が恥ずかしく、そして悔しくて思って千冬は頭を抱える。一方で、千冬以外はまあそれもそうだよなと納得しており、冷静だった。
「ていうかタケミっち、女装男だって気付いた上で付き合ってたって事?」
「え、お前それ千冬ってちゃんと気付いてたか?」
「それ気付いてなかったら普通に女装変態男と二人で遊んだりしたって事になるだろ」
「気付いてるわ。千冬じゃなかったら二人で出かけないし、メアドも交換しません」
「そこの危機感はあってよかった…。俺、今日まで武道ならワンチャン飴あげるだけでどこまでも着いていっちまうんじゃないかって心配だったんだ」
「タクヤなんか私の事幼稚園児か何かだと思ってる時あるよな、マジで」
ホッと胸を撫で下ろすタクヤをじっとりと見つめつつ。少し落ち込んだ様子の千冬の頬を抓る。痛いと抗議して武道を見ると。ニッと悪戯っ子の様に笑っていた。
「顔がまんま千冬だったしさぁ」
「…俺めっちゃメイク勉強したのに…」
「メイクしたら女の人全然変わるもんな」
「でも元々の根本的な部分までは変えらんないじゃん。本気でバレないようにするならもう整形しないと無理だろ」
「それもそうだね」
「別にそれだけじゃなくて、なんか、私への気遣い方とかめっちゃ千冬だったから」
「えぇ…?そうか?俺的には女同士の距離感意識したけど」
「いや、なんか私の意思めっちゃ尊重してくれるとことかさ、こう、自然に車道側歩いてくれたりとか、段差気を付けてって声掛けてくれるとことか、千冬だった。女同士では別にやらん」
「…そうなのか…シビアなんだな、女の世界って」
「どう言う事?」
千冬の謎発言に首を傾げて聞き返しつつも。楽しげな顔をして口を開いた。
「なんかそう言うとこ、嬉しいなぁって思った。女扱いとか、面と向かってされんのはあんま得意じゃないけど、千冬のさりげないとこ、めっちゃカッケーって思うよ」
武道に釣られて、千冬も笑う。そんな彼女の様子を見て、他の面々も肩の力を抜いた。まあ、武道が良いなら良いかと納得する。だがそれはそれとして千冬のしている動機を鑑みれば、程々に気持ち悪い事には変わらない。
「だから偶にはチハルちゃんともデートしたいな」
「…まあ、もう女装する意味無いけど、タケミっちが言うなら」
「やった!じゃあヒナ達と出かける時、チハルちゃんで来て」
「…えぇ…」
別に彼女相手なら良いけれど。その他友人達に見られるのは何だか気恥ずかしく。渋っていた千冬だったが、念押しの様に可愛くお願いされて、断れるはずもない。千冬は武道にはめっぽう甘いのである。仕方ねぇなぁと頭を掻く千冬に、武道は嬉しそうに笑った。
「それで、千冬は何で女装してたの?そう言う趣味?」
「あ、いや」
「大丈夫!私は否定しねーから!」
答えようとしない千冬に山岸が意気揚々とその理由を叫ぶと。流石に絶句した武道がドン引きの表情で千冬を見る無言の時間があった。その瞬間、空き教室の空気はキンキンに冷え切ったのだった。
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