グッドボーイ

「あの、茂庭さん。これ食べて、ほしいなぁって」
「ダメ」
「…ダメですかぁ?」
「ダメ」
「…いやでも、茂庭さん野菜好きだし」
「コラ!二口ダメでしょ!好き嫌いしちゃ大きくなんないよ!」
「…もう大きいんでいいっす」
購買で週に一度、格安で売られる弁当を購入した二口は、隣で自作の弁当を口にする茂庭に食べ物を押し付けようとしていた。
近所のお婆ちゃんが経営している弁当屋の弁当が、伊達工業高校で売られるようになったのはもう十数年前である。子供好きの老夫婦が、もし良ければと近所の高校へ直談判しに来た結果、こうして学校でも販売されるようになったという背景がある。その老夫婦も数年前に旦那さんが亡くなり、お婆ちゃん一人で切り盛りしていた。それでも毎週欠かさず、弁当を提供しに来てくれていた。
だがそれももうあと何度あるかは誰にも分からないけれど。長くはない事は教師も生徒も分かっていた。
弁当は、若い子には安くて美味しいものをたくさん食べてほしいという老夫婦の思いから、中々なサイズの割には、破格な程の安さである。今や恒例となっている学生割のスペシャル弁当は二口も量価格共に気に入っており、毎週の様に買っていたのだが。
今週のメニューはどうやら彼にとっては苦手なものが多いようだ。メニューは毎週ランダムで飽きが来ずに面白いところではあるが、嫌いなものにあたればなんだか少し悲しい気持ちにもなる。だがそれは個人の感情にすぎないので二口も眉間に皺を寄せつつも、不満だけは口にしない。彼は学生ながら、そういう大人っぽさはある男だった。
しかし今の彼はただの子供である。嫌いな物を押し付け、あまつさえ彼女の弁当から卵焼きを盗み取ろうとして茂庭に手を叩かれている。
「嫌いな物でもちゃんと食べなさい!二口が自分で買ったお弁当でしょ?」
「…俺の嫌いな野菜のおひたしだとは思わなくて」
「もー食っても死ぬ訳じゃないのにさ。全く、高二にもなって子供みたいだよ」
「まだ未成年です〜」
「うるさい。先輩に口答えしない」
ムゥと唇を尖らせる二口。いや、もうそういう仕草も子供なんだよなとは思うけれど、不機嫌が更に加速する事は目に見えていたため、茂庭も余計な言葉は飲み込んだ。
そんな彼女も、溜息を一つ。三分の一より少し少ないくらいの量を残したまま、弁当の蓋を閉じる。隣に置いた水筒を傾けて、お茶を飲んだ。
「はぁ」
「茂庭さんもうご馳走様ですか?」
「うん」
「…具合悪いですか?」
先程の子供っぽい表情から一点、非常に心配そうな顔をして彼女を覗き込む。その表情にふにゃりと笑って『そんな深刻じゃないよ』と首を振った。
「えー、でも茂庭さんが食べ物残す事ないじゃないですか」
「そういう時もあるよ、人間だし」
「いーや、絶対なんかある。ダイエット?」
「…二口から見て、する必要ある?」
恐る恐る聞き返す茂庭に二口は首を横に振る。さも当然のように『茂庭さんに限ってそんなの必要ないですけど』と言って再び考えた。
「やっぱ体調不良だ」
「まあ、別にそういう事でもいいか。違う訳ではないし」
「え?どういう事ですか?」
「言う訳ないでしょ〜って言うのが結構答えになるのかも?」
「え、ごめんなさい全然分かんないです」
「…んー、いや、まあ、悪くはないんだけど…彼女いるなら多分察せれた方がいい、よ?」
「いや彼女は茂庭さんですけど、察せれた方が…?」
二口は本気で訳が分からないというように首を捻る。茂庭はもう良いからと言って、パンと手を叩いた。この話は終わりと言って弁当をしまう。
「知りたかったら妹ちゃんにでも聞いて教えてもらいな」
「え、なんでアイツ?」
「…ごめん、それもセクハラかも」
「待ってなんでアイツ?」
彼女がいるから、妹がいるからと言って期待してはいけない。工業高校という半ば男子校のようなところでまともな性教育などされているはずがない。あまりにも女の子に慣れていそうな顔をしていながら、実はそうでもなく。案外異性への鎌先らと同レベルの二口に、求めてはいけないのかと茂庭も感じた。
(ていうかこれって私が教育してあげるべきなのでは?)
もし別れた時に。もしくは別れなくとも。女性を気遣える良い男に仕立て上げる責任が、彼女としてあるのではないかと。なら私から説明すべきなのではないか。グルグルと悩み始める茂庭に二口も『おーい』と呼ぶ。
「何ですか茂庭さん?どうしました?」
「…いや、まあ、二口が答えに辿り着けなかったら私がお前を鍛えてホントのホントにいい男にして見せるからね」
「なんの話っすか?今の俺もいいでしょ?顔とか」
「二口はそれでいいのか」
少し生意気で、失言も少々目立つ彼だが。自分や、茂庭以外にもそして滑津らには割と気を遣って接してくれている彼だから。優良物件としての素質はある訳だし。絶望的ではないよな、決してと自分に言い聞かせた。
「ね、茂庭さん、残すんなら食べたいです。卵焼き」
「…その一つだけ残ってるおひたし食べたら食べていいよ」
そういえば二口はぐぬぬと眉を顰めて。震える箸でおひたしを摘んで睨めっこをする。
「嫌いな物を食べて、女の子に詳しくなる事で男は成長していくんだね、二口」
「どの口で何言ってんすか。男でもないし」
「大きくなれよ」
「なってるんすよ」
仕方ないと息を吐き。パクりと大口を開け、意を決したようにおひたしの塊を口に押し込んだ二口は。噛む事数回でさっさと飲み込んで、苦い顔をしたのだった。

1つ前へ戻る TOPへ戻る