シンジュ団とコンゴウ団の和解の印としてそれぞれの長、セキとカイを結婚させる。長老にそんなふざけた事を言われた。反論しようにもお互いの集落どころかギンガ団にも話が行っている様で、俺は思わず頭を抱えた。
*
「そう言えば、カイさんとセキさん、ご結婚なされるそうで」
ショウは同じ迷い人仲間として最近親しいノボリと話していた。ディアルガとパルキアをどうにかしても、ショウの記憶もノボリの記憶も戻らない。時空の裂け目も消えて、やはりアルセウスに接触を試みるしかないのだろうとはお互いに思っているのだが、そのアルセウスとの会い方が検討も付かなかった。八方塞がりな状況でもお互いに協力をし合うために出来る事と言えば交流を深める他なく、こうして偶の談笑を楽しんでいる。
ショウはノボリの話に『えっ』と声を上げた。その様子を尻目にノボリは言葉を続ける。
「それぞれの集落の長老様の御意向らしいですよ。里長も大変ですね」
ノボリにとっては全く以て他人事である。ヒスイでの暮らしにも慣れ、居心地の良ささえ感じつつあるが、それでも元の世界に戻りたい気持ちは変わらない。お世話になった人の結婚を聞いても大した反応が出来ない事については正直、許して欲しい。
ショウと言えば目を大きく見開いていた。そしてその見開いた瞳は爛々と輝いている。何かしらの反応を想定していた訳ではないが、思っていたものとは違う様子にノボリも軽く驚く。
「えぇ〜っ!可愛い〜!セキさんとカイさん結婚すんの〜?超似合う〜!可愛い〜!」
「好評ですね」
「えー、推しカプなんですよぅ!セキさんとカイさん!大勝利優勝待った無しでリアルガチの爆アドですね!神すぎ〜!」
「そうですか。それは何よりです」
ショウとノボリには本来の世界の記憶が無い。しかし本来、生まれ落ちた世界の言葉は脳味噌に色濃く根付いている様で、よく現代の言葉が口を突いて出る。二人ならばすんなりと会話が成立するが、現代らしい先鋭的な言葉にこの時代の人間達は頻繁に首を傾げている事を二人は知らない。なんなら外国の言葉かとアテを付けてラベンに聞き、彼が大いに困惑するという珍事も起きている。ラベンは完全なる被害者であった。
「えー、可愛い可愛い!色味も青と赤で良い感じだし!磁石みたいじゃん!」
「それ褒めてますかね」
「そりゃあもう全力で褒めてますよ!カイさん、美人だし婚礼服似合いそうだなぁ!多分、白無垢かな?あっ、でも集落のルールとかあるのか。シンジュ団、コンゴウ団共にそこら辺ってどうなんでしょうね」
「うーん…何とも。婚礼に関してはわたくしも無知ですし」
「まあ、そりゃあ私達、別世界からの流れ者ですからね」
「それでも結婚という幸せなニュースはやはり、こちらも幸せになりますね」
「はい!それが私の推しカプなんて五百倍くらい最高ですね!」
「貴女の笑顔を見ているとそうなんだなって思います」
ニコニコと楽しそうに笑い合う二人。その会話を影から聞いていた男、セキは二人の様子から目を逸らす。いや、何というか。これが『じぇらしい』と言うやつなのだろうか。心はどう足掻いてもモヤモヤするが、それよりも。
「……とんでもなく脈無し…?」
想い人であるうら若き少女からは恋や愛と言った好意は残念ながら、微塵も感じられなかった。セキは思わず頭を抱える。いつの間にいたのか、セキの背後で二人の様子を眺めていたペリーラは彼の肩に手を置いた。
セキはショウを慕っている。最初は見知らぬ世界から迷い込んだ異端者であったが今やヒスイを救った英雄で、彼にとっては健気で頑張り屋の宇宙一可愛いお姫様であった。異邦人であるかどうかなど最早関係無く、直情的に動く自分にセキも驚いている。
カイとの結婚話は彼女とも絶対に破談にするぞと結託している。セキにはショウがいるし、カイも決められた結婚などまっぴらごめんだったからだ。結婚を白紙にする事に関して、別段考え無しという訳ではない。それこそ、ショウと結婚すると言えば長老共も静かにしてくれるのではないかと睨んでいた。
ヒスイを救った小さな英雄を、彼らは彼らでどうやら認めているみたいで、彼女が集落に立ち寄った際には長老達も手厚くもてなしている様だった。そんな皆が認めるヒスイの英雄と結婚し、シンジュ団と更なる交流を図ると言えば長老達もそれなりに考えてくれるだろう。セキの算段はそんなものであった。確実な勝算ではないが、そこそこの可能性はあると考えている。
事実だけ取り付けてしまえば後はどうとでもなると思っていた。心なんて後でも十分間に合う。せめてその身だけでもさっさと手に入れてしまえばこっちの物だ、そう打算的に考えていたのだが。いざ心が伴わないと知ると意外と心に来る。いや、絶望的なくらい脈無しかい。コトブキムラの食事処で行われるカイとの密談、又の名を作戦会議でセキは大きな大きな息を吐いた。
「溜息を吐きたいのはこっちだ馬鹿」
「はー…こんな野蛮女と結婚なんざしたくねぇよ〜…するならショウみたいな細くて可愛い女がいいぜ…」
「私だって!十分細いだろう!お前と結婚したくないと言うのは甚だ同意だが!そもそもここに集まったのも作戦会議のためだろう。そうでもなきゃお前の様な奴と食事なぞせん」
「こっちの台詞だよ!」
シンジュ団とコンゴウ団は分り合い、共生しようと手を取り合ったのだが二人はあまり変わらない様だ。喧嘩する程仲が良いと言うヤツなので、特に心配はいらない。
「なー、カイよぉ」
「何だ」
「ショウとノボリは実は恋仲なのか?」
「え、そうなのか?」
「いや、俺が聞いてんだよ」
「知らんな。だがよく二人で集まっているのは見る。同じ迷い人同士、結託しているのだと思っていたが…えっ、もしかして…そう言う仲なのか?」
「だから俺が聞いてんだよ!ノボリっつう野郎はテメェのトコのモンだろうが!」
「例えそう言う仲だとしても人様の恋路にズカズカ入り込む程、私は無神経ではない!それぞれの生活に深く介入する気もない!私が知る訳ないだろう!」
「使えねー」
「五月蝿い!お前みたいな奴、ショウさんにもリーフィアにも嫌われてしまえ!」
不機嫌そうに眉を寄せ、卓に置かれたイモモチを一つ頬張る。タレの染み込んだ優しい味にカイの顔はすぐさま緩んだ。
「んーっ!ムベさん!貴方のイモモチはやはり素晴らしいなっ!」
「はは、ありがとさん」
「食ってねぇで話を聞け」
「お前がくだらない話をするからいけない。大体、お前、上手くいく作戦があるって言ってなかったか?」
「……お前の代わりにショウを嫁として推薦して、ヒスイを救ってシンオウ様方を手に入れた英雄様を介してシンジュ団との交流を深める作戦」
「お前最低だな」
じっとりとセキを睨んだカイは言い終わりを待たずして口を挟む。流石のセキもカイにジト目で睨まれ、そもそも自分でも狡い事をしていると言う自覚はあったため彼女から目を逸らした。
「ショウさんの意思は二の次か?」
「分かってるよ。でも少なくともショウの事なら一番に、確実にお前以上に大切に出来るし」
「わざわざ言わんでいい!」
「身体だけでも良いから手に入れたいって、結婚って言う事実だけ先に付けちまえばもう後にも先にも戻れないなとかって、狡い事考えるくらいにはあの子の事が好きなんだよ」
「…最低だよ、セキ」
「知ってるよ。…でも、それやってんのがブ男じゃないだけマシだろ。俺が色男で良かったと思う」
「もうお前少し黙れ」
「ムベさんイモモチくださーい…あっ」
言い合う二人の前に現れたのはショウだった。食事処の扉を丁寧に開け、中のムベに注文をする。食事の並ぶ卓を隔てて頭を突き合せる二人にショウは目を輝かせ、頬に手を当てた。
「…むふふ」
「……あっ、ショウ!」
何故だか幸せそうなショウにその場で固まっていたセキは話し掛けた。勢い良く立ち上がり、腰掛けていた椅子が大きな音を立て、床と擦れる。
「よぉ」
「こんにちはセキさん。カイさんもこんにちは!」
「こんにちはショウさん!」
「ショウも今から食事か?」
「あ、昼は一時間程前に。私はこれからフィールドワーク……じゃなくて、えっと…ポケモンの調査に行くのでその前にちょっとおやつです。後残った分は調査中にお腹が空いた時食べれたらって」
「ショウさんは頑張るのね」
「お前のおかげでポケモンの事がどんどん分かっていくな」
「そうですかね?…それよりも珍しいですね。お二人が一緒に食事だなんて」
「別に好き好んでコイツと飯なんか食ってねぇよ」
「そうだよ!誰がこんな偏屈な男と!」
「…ふふふ、やっぱり二人とも仲良しですね!」
ショウはそう言って笑った。だが二人からすれば、何を以てそう思っているのか甚だ疑問である。本人達からすれば仲良くする気もしている気も毛頭無いし、何ならお互いの宗教観を抜きにしても分かり合えない部分が多い。
「どっ…どこが?」
「え、どこがって見るからに?凄く仲良しじゃないですか。仲良くなかったら一緒に食事なんてしないでしょう?」
「いや、ショウ…これには事情があってだな」
「そんなに謙遜しなくても良いのに。別に揶揄おうとか思ってないんで大丈夫ですよ。むしろありがとうございますって感じで」
ショウの謎の礼に二人して首を傾げる。そんなセキとカイの様子には気付かず、彼女はムベから何個かのイモモチを受け取った。沢山のイモモチの入った包みとは別に貰ったイモモチを食む。ショウは変わらぬ美味しさに舌鼓を打った。
「んむ…ふふ、おいひ〜」
「あの、だからっ、ショウ」
「あと、お二人とも結婚おめでとうございます。結婚式には呼ばなくとも、お二人の晴れ姿は私にも見せてくださいね。私すっごく楽しみにしてます!」
他意の無い笑顔を浮かべ、ショウは足早に店を出て行った。セキが弁解する余地すらなかった。
静かに席に座ったセキは死んだ目で明後日の方向を見据える。目の前の男が大きな大きな溜息を吐いた時、カイは箸を動かしながら『可哀想』と他人事の様に呟いた。またしても何も知らないラベンが食事処の扉を開け、セキの様子に大いに困惑するのは別の話である。
「うんうん!安定の可愛さ!セキカイしか勝たんね!」
店内に残された二人の様子などつゆ知らず、幸せそうなショウはイモモチを片手に深く頷いたのだった。