ガイがセイカに狂わされた日から、実のところ、彼は彼女に会っていない。忙しさもあったけれど、正直時間なんてて作ろうと思えばどうにでも出来た。それでも会わなかったのは彼の選択であり、単に彼が躊躇っていただけである。ガイは存外小心者であった。
あの時、去って行く背中に勢いのまま食事にでも誘っておけばよかったのに。そうしたら今、こうしてスマホ片手に頭を抱える事などなかった。
セイカがSNSに上げた自撮りを見ながら、ガイは深呼吸をする。彼女の写真は自身に加工を施している訳ではなく、フィルターを変えて色味を調整してるだけに過ぎないので、かなりナチュラルな仕上がりとなっている。なんなら自分よりもポケモンやら風景やらがメインな事が多いのだが。
写真越しでも分かる圧倒的な可愛さにガイは悶えた。にっこりと笑うセイカを見るたびに心臓がギュッと鷲掴みにされる心地になって、息が苦しい。最早フィルターの掛かっていない無加工の写真でさえも写る彼女はキラキラしているのだから、ガイ自身にすらこの想いを止める手立てなどなかった。
「………デウロと旅行行ったり、ピュールとはお茶したりしてんのにな」
彼女の投稿には旧友たちの写真もアップロードされていて。デウロとはガラル旅行へ行ったり、ピュールとマカロンを食べてたりしている。かつては彼女と一番繋がりの強かった自分だけが、セイカのSNSには存在していない。
「…つーかピュールあいつ、そのマカロン、セイカの手作りだろ」
どうやら彼女はお菓子作りにハマっている様で。よくお菓子を作っては知り合いに持って行っているそうだ。ピュールの前にあるマカロンだってその一つ前の投稿で作ったと写真を上げていたものと全く同じだった。
「クソ、羨ましい」
高級お菓子は付き合いやら貰い物やらで散々食べて、食べ飽きたくらいだけど。きっとセイカのお菓子ならどんな高いものよりも、評価されたお菓子ですらも凌駕するのだろうと思っている。ただ、指折り数えるくらい彼女との関係性に空白があったガイは、おそらくその距離感でセイカと付き合う事はまだ出来ないと思っていた。あの頃の変わらない距離感でいるには離れすぎていたし、何より、もうガイはあの頃の様にセイカと友達ではいられない。
ガイは自分に嘆いた。具体的に何に嘆いたのかと言えば、指をさしてカウント出来るくらいには沢山あって。気付くのが遅すぎたとか、蔑ろにしすぎたとか、自分が本命に対してあまりにもヘタレすぎるところだとかその他諸々、過去から今までの彼女に対しての行動が全部間違っていたと知るには十分であった。
「……とにかく、まずは会う約束を取り付けて、昔以上に親密になってだな、………それから今は仕事を進めると」
触っていなかったパソコンは画面が黒くなっている。画面が落ちるまで放置していたのかと苦笑いをして再度点けた。パスワードのロックを解除して、確認していた資料にまた目を通そうとしたところで、スマホが鳴った。鳴ったのはプライベート用のスマホだった。
仕事中の場合、プライベートのスマホはどんな連絡が来ても基本的には開かないのに。ロック画面の通知センターに表示されたメッセージの送信元の名前を確認しただけで、反射的に手に取ってしまった。それはまるで、攻撃を受けた後すぐにつじぎりを返すアブソルの様な瞬発力だった。
「せ、セイカ!?」
セイカから俺にメッセージなんて一体全体何なんだと混乱と歓喜が入り混じり、ガイの感情はこんがらがっている。以前だってセイカから連絡はあったのだけれど、嬉しいとは思えど飛び上がるほどではなかった様な。彼女の名前が見えるだけで全身の体温が数度上がったように錯覚されるのは、ここ最近の事である。
バナーをタップして直接アプリを開くと。そのまま彼女とのトーク画面が映し出された。
『この前はありがとう!ガイとお話しできてうれしかったよ。元気そうで良かった〜!』
語尾にはにこにこの顔文字が付いていて、たったのそれだけでも十分に可愛くて、ニヤケが止まらない。トークは何分割かされていて、その下にも目を通す。
『実はまだね、ちゃんと話したい事があって、まとまった時間が欲しいんだけど、取れたりするかな?時間が無かったら勿論、電話でも良いし、短く済ませるから』
「いやセイカのためだったらオフの日全部使っても良い。ていうかそれとは別に普通に電話したい」
出来るかは別として、ガイとしては丸一日でも二日でも、毎日でも、彼女に捧げる事も厭わない所存である。そんな事を伝えられたら、彼は未だにスタート地点で足踏みなどしていないのだが。返事をしようと入力をする。素早い手付きでフリック入力をして、送信ボタンを押した。
『俺もこの前はありがとな。クッキーも食べさせてもらった。それで話したい事ってなんだよ。時間なら、土日は会社休みだぜ?』
休みとは言え、ガイは自宅で仕事をしたりしているのだが、それは労働時間には含まれていないものなので仕事ではないと言うのがガイの言い分である。この屁理屈は働きすぎな彼の身体を心配するマスカットに対してよく言う言葉であった。
彼女もスマホを確認していた様で、すぐに既読が付いた。それから数分して返信が来る。
『じゃあ土曜日ね、10時でいい?ルージュ大通りのポケモンセンターで待ち合わせして行こう?』
『了解』
『うん、忙しいのにごめんね。時間割いてくれてありがと!当日はよろしくね!』
ガイはスマホを落とし、椅子の背もたれに体重をかけてもたれ掛かる。それから両手で顔を覆い、天井を仰いだ。
「クッソ〜!文章のやり取りだけでも可愛すぎるんだよなぁ〜!」
文字だけでも伝わる柔らかさだとか、優しさだとか。決して長いやり取りではなくとも、それがしっかりと伝わってくる。
「…まあ、セイカに誘わせちゃったのは正直すげぇダサいよな」
結局ガイからは何も声を掛けられずに、した事と言えば彼女の言葉に返事をしただけである。一人のカロスの男として情けない自覚は大いにあるため、少し凹んではため息を吐いた。一通り落ち込んで、ガイは姿勢を元に戻した。乱れた髪をパッと手で整え、パソコンに向き直る。
「…土曜日のために仕事終わらせるか」
ビジネスマンの切り替えは早い。すぐにもキーボードに手を掛け、手慣れた速さでテキストを打ち出した。
土曜日になって、ガイはルージュ地区のポケモンセンターへ向かう。何を着ようか迷った挙句、結局ニットセーターとスキニーパンツで簡単に済ませてしまっていたが、そのシンプルさが彼を引き立たせ、女性の視線を集めていた事にガイはあまり気付いていない。というのも、今から会う女性に既に心も意識も奪われていたのだ。全神経がポケモンセンターに集中している。ガイの歩幅も自然と大きく、歩調も早くなった。
ほぼほぼ駆け足でポケモンセンターに着くと、その前のベンチに彼女は既に座っていて。ガイが声を掛ければスマホから顔を上げてふにゃりと微笑んだ。
「セイカ」
「あ、ガイ」
「待たせて悪い」
「待ってないよ、今来たところだから。私こそ忙しいのに呼び出してごめんね」
オフショルダーの長袖ニットにハイウェストのマーメイドスカートを身に付け、緩く巻いた髪を低い位置で一つに結んでいる。先日会った時は可愛らしい様子だったが、今は非常にクールで大人びた印象である。どんな格好でも驚くぐらい魅力的なのは変わらなくて。ガイはセイカを見ているだけでドキドキした。
彼女の手には花束が抱かれている。それを見て、ガイは何となく目的地を察した。
「…俺も花買った方がいいよな」
「あ、ふふ、どこ行くか分かった?でもお花は大丈夫だよ。私買ってるし、ガイは私が呼び付けただけだから、一緒に来てくれるだけでいいよ」
お世話になった人の墓参りなんて何かしら手土産を持って行ってあげたいけれど。ルージュ地区のどこに花屋があるかなんてガイは分からないので、彼女に任せる事にした。
ワイルドエリア4のホログラムゲートを越える。中に入り、入り口で立ち止まったセイカはカバンの中からボールを取り出した。
「フラエッテ!」
ポンと外に出て来たのはガイがかつて彼女に託したフラエッテである。彼女はガイを見て嬉しそうに目を輝かせ近付いてきた。ガイはフラエッテに手を伸ばし、小さな手を握る。
「久しぶり」
「久しぶりだね、フラエッテ。やっと会わせてあげられた。ずっと会いたがってたんだよ、あの時、この子はガイを選んだから」
きゅるると可愛らしい声をあげてニコニコと笑う彼女を見てると。あの頃を鮮明に思い出して、懐かしい気持ちになる。
「行こう」
こちらを視認して襲ってくるゴースをフラエッテで軽くいなし、彼の墓へ向かう。墓地の様子を見て、実際に墓参りもして、流石に墓地をワイルドエリアに指定して放っておくのは無茶苦茶だなとガイも苦笑いを浮かべた。どうにかしなければと仕事脳になりそうなところをフラエッテとセイカを見てプライベートに戻し、少し先に行った二人の後を追った。
木々の間の小さな広場にかつてお世話になった男、AZの墓はあった。アンジュのコックピットの椅子にも似たその墓の前には花が沢山置いてある。墓石は苔一つ生えておらず、美しかった。これはガイ含め、ピュールなど多くの知り合いが定期的に立ち寄って綺麗にしているからであった。その中にはどうやらFもいるらしいが、ガイはまだ会った事がない。
セイカはしゃがみ、墓の前に花束を置く。それから両手を合わせて目を瞑った。それは彼女の地元での作法らしく、手を組み合わせて神に祈る様に、セイカ達は手を合わせて故人を偲ぶのだと言う。
顔を上げたセイカは立ち上がる。隣で首を垂れるフラエッテと見つめ合い、微笑んだ。
「…ガイと来たかったんだ」
「……俺もセイカと来たかったよ」
「うん、来れたね。ただいま、AZさん」
フラエッテはきゅると寂しそうに鳴いた。その声にセイカは切なそうな顔をして彼女を見る。ガイはそんな表情をする彼女に寄り添いたくて肩に手を伸ばしたけれど、すぐに手を下ろした。恋人とも取れるその距離感を許されているとはまだ思えなくて、やめたのだった。
「ガイ」
「ん?なに…」
「この子、返すよ」
そこ握られているのはフラエッテのメガストーンだった。ガイは目を見開き、言葉を詰まらせる。
「な、どうして」
「もともとガイの元にいた子だし。それにガイ、今付き合いでポケモンバトルする事も多いでしょ?」
社交やビジネスの場でバトルが用いられるのはよくある話で。一度は勉強のために離れたポケモンバトルも、表舞台に出ればする機会が増えた。バトルをする事によって商談が上手く纏まる事も案外良くあって、子供の頃にしていた冒険は案外馬鹿にならないのだなと感じた。
「ユカリさんの社交場にもお呼ばれすることもあるんだって?」
「社交場っつーか、無茶苦茶なトーナメントな」
ユカリは時折交流会なんて称してトーナメントを開催している。正直、ツテやコネを増やすにあたって参加するに越した事はないが、何せ主催を良く知っているせいであまり参加に前向きにはなれていない。
「なんでセイカが知ってるんだよそんな事」
「呼ばれてたの、あなたも参加しないかって。ガイもいるよって」
フレア団の件以降、再び起きた天変地異の災害を収めた一人としてユカリが目を掛け続けているのはよく分かる。ただ、彼女を社交場で見た事は一度も無い。要するに、参加をしていないのだ。あの女の執拗な追跡をどういなしたのか彼女に聞けば、セイカは何でも無いように笑って言った。
「私もうポケモンバトルしてないの。そしたらまた再開したら教えてくださいませね、なんて言われた」
「…え」
「だからフラエッテも返す。ずっとガイに会いたかったんだ、フラエッテ返したくて」
「え、え、何で」
「だってフラエッテが最初に選んだのはあなたで」
「違う。何でバトルしてないんだよ。ポケモン達は?オーダイルは?アブソルは?」
「…だって私、元々ポケモントレーナーじゃなかったし、地元もそう言う街じゃないから、生活が元に戻って私も元に戻ったってだけだよ」
そうだった。ガイは思い出す。元々ポケモンを持たずにミアレに来た彼女を、この道に強引に引き摺り込んだのはガイだった。トレーナーでなかった彼女が地元に戻って、元のポケモンとは無縁の人間に戻るのだって何らおかしくはない。
「ポケモンは、あなたに貰ったオーダイルと私を選んでくれたアブソルとはまだ一緒にいるけど、それ以外の子は人に譲った。可愛がってくれる人に渡したんだ」
「…で、伝説のポケモンも捕まえたって、ほら、イベルタルとゼルネアスと、ジガルデ…」
「実はミアレを離れる時にポケモン研究所の人に託して来た。だってカロス地方の伝説や伝承で語り継がれる様なポケモンをその地から連れ出して離すのはなんだか、いけない事じゃない?」
ガイが知らない水面下で、彼女はこの地とポケモン達から離れる準備をしていて。もう戻って来なくてもおかしくなかったと言うか、そもそも地元に戻るのであって、あの時ミアレに観光として来ただけの彼女は戻るとは言わない。
セイカはガイの掌に無理矢理メガストーンとボールを押し付ける。フラエッテを見て、眉を下げて笑い、彼女から一歩距離を取った。その様子にフラエッテも悲しそうな顔をして彼女を見つめ返す。
「…ガイの事もあって、貴方をここに置き去りにする事も手放す事も出来なかったから連れ出してしまったけど、ごめん。ミアレに戻るのが遅くなってごめんね。貴方をAZさんから引き離してごめんなさい。私にはもう何かを守る力はないから、ガイの元に戻ってミアレを見守っていて」
「きゅぅ…」
フラエッテとの離別を見て、ガイは心が騒ついた。こうしてミアレに移住してくれて、フラエッテを手放す理由はないはずなのに自分の元へ戻して。嫌な予感にガイは慌てて、捲し立てる様に口を開く。
「セイカ、またミアレを出るのか?」
「え?いや、仕事もあるからとりあえずはここにいるけど…ミアレシティの事好きだし…」
「俺を残していなくなるのか」
「え…?」
あの時、セイカが地元へ帰るのだって本当は反対したかったのに。自分の背中を勿論と押してくれた彼女の意思を否定する事は出来なくて。来た時と同じ鞄を持って改札を抜ける彼女を、笑って見送ったのだ。あの頃から、本当は彼女の事が特別だったのに、この胸の違和感すらガイは有耶無耶にして寂しさを誤魔化していた。
「年末年始とかは帰りたいなとか思うけど、ホント、普通に仕事もあるしここにはいるよ」
「……セイカ…」
「…ガイもそんな顔するんだね。寂しそうな、子供みたいな顔」
「…………だってセイカが」
ポケモンやバトルと言ったガイとの繋がり全部を手放して。もう自分達を繋げるものなんて思い当たらない。このままだと、今度はもう本当にどこかへ行ったきりミアレには戻って来ない様な気がして仕方がなかった。
「またどこかへ行ってもう一生戻って来ないのかなって、そう思って」
「大丈夫だよ、ここにはもう、私の生活があるし」
「…それなら、いいんだ」
そう頷くガイを見て、セイカは優しく笑う。人がこんなに動揺して、取り乱しているのに何を呑気に笑っているのかと眉を顰めると、その視線に気付いて小首を傾げた。
「ガイって意外と私の事ちゃんと気にしてくれてたんだね」
「は?そりゃそうだろ」
「ガイは博愛主義者だから、皆の事が好きだけど、特別は作らないんだろうなって。だから私の事も他の皆とおんなじなんだろうなってね、思ってた」
「…いつ誰が俺を博愛主義者って言ったんだよ…」
「なんなら私とこの街の人の違いも付いてんのか疑ってたし〜」
「そんな訳ないだろ、何言ってんだよ」
確かに昔はそんな振る舞いだったけど。ガイは普通に人の好き嫌いをする。ユカリもカラスバも未だ好きに慣れないし取っ付きにくい事この上無いのに。どこか自分を買い被りすぎているところにガイは困った様に眉を下げて首の後ろを掻いた。
「博愛主義者じゃないの〜?違うんだってフラエッテ」
「きゅう…」
「…本物の博愛主義者だったらこんなに感情に振り回される事もなかっただろうな」
「ん?ごめん何?全然話聞いてなかった」
「喋ってねぇけど今」
「……………えっ」
フラエッテに話しかけて、彼女に呆れた様な声を上げられるセイカはガイの小さな呟きに反応をするも。ガイがあまりにも適当な誤魔化しをするものだから、場所も相まって何だかあまり追及してはいけない様な気がして顔を少し強張らせて黙った。
「…あ、そ、そうだ、折角だからAZさんにも写真見せてあげよう」
「写真?」
「旅行に行った時の写真!オーダイルとかアブソルとかとは撮った写真SNSにあげたりしてるんだけど、この子は珍しい子だから、あんまりそう言うところに晒して変な人に目つけられたらダメだと思って載せてないの。写真は撮ってるんだけどね」
セイカはスマホをスイスイと操作し、アルバムを起動する。そこから一つのフォルダをタップして開いた。
「ほら、見て、ホウエンに行った時の!」
火口から煙が上がる荒々しい山を背に、旅館の部屋から二人で写る写真だった。フラエッテと浴衣を着て涼しげな彼女が火山を指差して楽しそうに笑っている。
「お部屋の温泉にね、フラエッテと入ってモーモーミルク飲んだんだ〜」
「…え、温泉」
「え?何?」
「あ、いや」
「…え、温泉の写真はないよ?温泉は水着じゃなくて裸で入るものだし撮らないよ」
「そ、そうだよな、そりゃ、いや、分かってるし」
挙動不審なガイをじっとりと睨んだ。セイカは唇をツンと尖らせて呆れ顔である。彼女と一緒にスマホを見ながらニコニコしていたフラエッテもガイに憐れむ様な視線を向けた。
「…ていうか見せないし、あっても。変態」
「見ねぇよ!!」
「もー、ほら、次ね、イッシュ行ったの!ライモンシティでミュージカルの公演見たんだ!でねー、ライモンで普通にモデルのカミツレ歩いててめちゃくちゃビビっちゃった。超背高いねあの人」
「ああ、カミツレ。会った事あるよ」
「…そう言う自慢聞きたいんじゃないの〜!」
仕事で少し会う機会があって。軽く挨拶した程度で、それ以降は会う事などなかったし、現在まで交流も勿論ない。だから別に自慢をした訳ではなかったのだが、彼女はぷうと頬を膨らませてむくれた。その顔が可愛くてガイはグッと呼吸を止める。
「もう、余計な事ばっかり言って!ガイって人の事よく褒めたりするけど、あんまデリカシーのない事とかも普通に言っちゃうから気を付けた方がいいよ!女の子に愛想尽かされちゃうよ」
セイカに愛想を尽かされるのであれば、最大限気を付ける所存なのだが。そんな事が彼女の前で言えるはずもなく、せめて今からでも余計な事を言わないように『すみません…』と言って口を噤んだ。
「これはデウロとガラル旅行した時の!シュートシティでめっちゃ買い物したんだ。行った時はリーグトーナメントのオフシーズンだったんだけど、賑やかな街だったよ。ね、フラエッテ」
画面にはデウロとセイカとフラエッテの女性陣スリーショットが写されていた。仲の良さそうな様子にフラエッテもその時を思い出して楽しそうで。ミアレの元を離れても、彼女はセイカに沢山の思い出をもらって幸せだったのだろうと分かる。手放す必要なんてどこにもないのにとガイは思った。
「色々な所に行ったんだな」
「うん」
「ミアレはその内の何番目に良かった?」
「…ふふ、勿論、一番。貴方の守る街だもの。そうじゃなきゃ移住なんかしないよ」
おそるおそるそう聞いたガイの手に触れ、セイカははにかむ。その笑顔にガイは身体の緊張を解いた。ただその言葉をそのまま受け取って安心する事はどうしても出来なくて、だがこれ以上彼女に気を遣わせる訳にも行かずに彼はまるで安心した様な笑顔を作って見せた。
「そっか。よかった」
「フラエッテ、私の都合で勝手に引き剥がして、知らない土地なんてきっと心細かったよね。…この思い出が少しでも貴方の寂しさを埋められてたら、良いな」
フラエッテはセイカの頬に頬擦りをする。その行為にセイカは目を丸くし、それからとても泣きそうな顔をした。罪を許された子供の様にいたいけな顔をして、あどけなく笑った。
「……ガイ、おねがい」
そんな顔をして笑う、好きな女性にお願いされて断れるはずもない。ガイは溜息を吐いて、それからフラエッテのメガストーンを握り締めた。
「分かったよ」
「ありがとう」
「…またよろしくな、フラエッテ」
フラエッテはセイカを一度見て、ガイに笑い掛ける。フラエッテは変わらず聡明で優しいなと思いながら、ポケットにメガストーンをしまった。
「…でよっか」
「おう」
セイカとガイとフラエッテは墓地を後にする。ワイルドエリアのゲートを出て、外に出れば墓地のひんやりした空気から一転、爽やかな風が建物の間を抜けた。
「………ふぅ、よかった。無事任務完了だね。私、貴方にフラエッテを渡したくて、呼び出したの」
「…………そうか」
「うん、ごめんね。ガイってば、忙しいのにこんな事に呼び出しちゃって」
「大切な事だろ。AZさんにも聞いてもらうべき事だ。それに、土日祝は仕事休み!」
「……頑張り屋さんのガイ社長の事ですから、どうせおやすみも仕事してるくせにっ」
完全に図星だ。というかおそらく、彼をよく知る知り合い達には全員に言われるのだろう。ただセイカもそれを言い当てられるという事は、自分の事をちゃんと覚えていて、知ってくれていると言う事で。この一瞬で、嬉しさと優越感とで胸がいっぱいになる。
「じゃあ、ガイ、ここで解散しよ」
「…え」
「今日はありがとう」
嬉しくなっているところに、セイカの一言が刺さる。こんな穏やかな雰囲気で、次の言葉が今日は解散だなんてあまりにもあっさりしすぎている。てっきりこのままどこかへ行くのだと思っていたガイは動揺した。
だが、彼女の中でこの後の自分との予定が無いなら今作れば良いのである。これはガイにとって一歩を踏み出すチャンスであった。彼は急速に渇いた喉をごくりと鳴らし、鼻で深く呼吸をする。そしてキュッと口を閉じ、一度唾を飲み込んだガイはサダイジャの様にカラカラな口で、努めてスマートに手を伸ばした。
「…もしセイカが良ければ、どこかにランチへ行かないか?」
「あ、ごめんなさい。私予定あるの」
一刀両断。取り付く島もない。ばっさりと断ち切られてガイは固まる。それからじわじわと自分は振られたと言う事実が押し寄せて、恥ずかしさやら悲しさやらで少し泣きそうになった。
「人と会う約束をしてて…」
「ピュール?」
「何でそこでピンポイントでピュールの名前を出すの?」
誰と会うかなんてガイが聞く必要も知る必要もないのに。おそらく自分では完全にポーカーフェイスだと思っているのだろうが、分かりやすく拗ねた様な顔をしている男にセイカは困った顔をして、それでも彼に甘い彼女は素直にガイの要望に応える。
「男の人だよ、SNSで知り合って、趣味が合いそうだから一度会って話さないって」
「……………えっと?それだとまるで、恋愛の相手を探している、みたいな感じだ…な?」
困惑するガイにセイカは善意で追加情報を与える。彼女は素直に事実を伝えた。だが、それはガイとって決定的なトドメに過ぎなかった。
「うん、彼氏欲しくて。恋活?うーん、婚活とも言える、かも?」
「……彼氏…」
「大学生の時に付き合ってた人と別れて、私もそろそろ結婚とか考えても良い歳だし、真剣交際出来る人探してるんだよ〜」
「大学生の時に付き合って…?」
横でふわふわと浮いているフラエッテは憐れむ様な表情でガイの様子を伺っている。ただならぬ彼の様子には何故か全く気付いていないセイカは、あまりにも簡単にガイから離れていく。
「ごめんね、もう行かなきゃ。待ち合わせ時間に間に合わなくなっちゃうの」
「あ、ハイ…」
「食事は、また後日行きたい!から」
セイカはにこりと笑った。一歩詰めれば引き止められる様な距離で、囁く。
「また誘ってほしいな」
「わ」
「ガイから誘ってくれるの、珍しくて、私嬉しかったんだよ。本当はガイと行きたいくらい」
「ぁえ」
「でも、先約だから。ごめん。…誘ってくれるの、待ってて良い?」
「…あ、さ、誘います、改めて」
「あは、よかった。じゃあ待ってるね、ガイ」
そう言って『またね』と手を振って。彼女は駆け足でガイの元から去っていく。残された振られた男、ガイはフラエッテと目を合わせる。次を期待されて嬉しい様な、断られた理由が自分以外の男で惨めな様な。自分よりスペックが優っている男なんてそうそういないと自覚をしているので、おそらく自分よりも全然劣っている様な普通の男に目を掛けている女性を取られてしまう事に悔しさを感じていて。どんな感情なのか、複雑な顔をしてガイは唸った。