再会するエタニティラブ

パッと顔を上げたら茂庭さんがいて。『あっ』と思わず声を上げたら相手も俺に気付き、何拍か間を置いて『あ!』と声を上げる。途端に顔を緩ませ、ニコニコと笑いながら駆け寄っては俺の名前を呼ぶ茂庭さんは、久しぶりに見てもやっぱり可愛くて。高校卒業と同時に沈めた想いが浮き上がってくる様な心地がした。
俺が高校を卒業して、就職してから一年も経つと、もう茂庭さんとは連絡を取らなくなっていた。それはお互いに忙しいからで、付き合ってもいない相手に構っていられる程の余裕はなかったからである。俺も慣れない仕事とバレーの両立で目が回っていてあまりにもしんどくて、連絡してご飯にでも誘って何ならその流れで付き合っちゃってなんて浮ついた考えを持つ事は出来なかった。そうしていつしか、茂庭さんは高校時代好きだった先輩として思い出の中へと収納されていったのだけど。
実際に見てみて、久方ぶりに再会してみて興奮してしまう。高校の時はどこか大人びていた彼女が歳を取って、茂庭さんが年相応になった事でより魅力を増したような気がした。黒髪で化粧っ気もないのに、どこか垢抜けた様な印象を持つ茂庭さんはやっぱり可愛くて。隣を歩くだけで緊張してしまう。
(か、かわいい〜!高校の時は髪長かったけどショートヘアも似合うなぁ)
「…二口」
(うわ、彼氏いるのかな、指輪してないから結婚はしてないって信じたいけど…インスタとかやってるのかな。アカウント探しても見つからなかったし、やってないのかも)
「おーい二口」
(あー、ダメだ〜、茂庭さんの事ガチで好きじゃん俺〜…!何で忙しさにかまけて連絡しなかったんだよ俺!むしろ何で高校の時に告白しておかなかったんだよ俺!クソヘタレ俺!)
「二口っ!」
何度も何度も呼びかけていた茂庭さんの声にやっと反応を返す。茂庭さんのムッとした顔に慌てた様に謝罪をすると、彼女は『もしかしてお疲れ?』なんて首を傾げて苦笑いを浮かべた。
「よかったらどっかご飯行かないって思ったんだけど疲れてるならやめよっ」
「いきます!是非!行かせてください!」
「じゃ、じゃあ行こっか」
食い気味で返事をすれば、ちょっとだけ引いた様な顔をして、それから眉を下げて笑う。やばい、がっつきすぎたと俺は一人で反省タイム。茂庭さんはスマホをスイスイと操作して美味しいお店を探しているみたいだった。
「なにか食べたいものあるー?」
「も、茂庭さんの好きなもので!」
「えぇ〜」
茂庭さんって名前呼べた。可愛い、茂庭さん。いつか下の名前を呼べる日が来たら本当に幸せなんだけどなぁ。妄想と願望とで百面相をする俺の横で茂庭さんは店を探している。それからパッと見せてきたスマホの画面には近くにある焼肉屋の紹介ページが映っていた。
「焼肉!ど?」
「賛成です!」
「よっしゃ!じゃあ行こ!」
茂庭さんの案内で焼肉店に着く。店内は混んでいたが、何とか席には通してもらえるみたいですんなりと店に入った。靴を脱ぐタイプの座敷の席に通され、向かい合って座る。そして俺が動くよりも先に、置いてあったおしぼりや皿などを茂庭さんは分配してメニューを手に取った。それを俺にも見える様にテーブルに置く。
「何食う?てか何飲む?」
「生で!」
「私は〜…レモンサワーかな」
「肉はタンがいいです!」
「オッケー。そう言えば二口ってまだ油っぽいものいける口?私そろそろキツくなってきたんだよねぇ」
「…正味、俺もあんまりいっぱいは食えないっす」
「えー、マジか。いやぁ…取ったね、歳」
高校時代は何枚だっていけたカルビが今やもう数枚で限界を迎える。どちらかと言えば今はさっぱりと食べやすいものに好みが移りつつあり、少し老いの片鱗を感じてちょっとだけ悲しくなったりした。
タン以外を茂庭さんに全部任せれば、彼女はやっぱり仕方ないなって顔をして。それからざっとメニューを見て店員を呼んだ。優柔不断に見えて意外と判断が早くサッパリしているところは本当に変わっていない。流石男子だらけの工業高校に通っていただけあるななんて訳の分からない関心を寄せた。
「二口の活躍知ってるよー?社会人チームでバレー続けてるんだよね〜」
「そうです!いやー、でも身体も段々重くなってきましたよ。動かしにくくなりつつある。一応鍛えてはいるんですけどね」
「三十超えたら一気に来るらしいよ、身体に」
「あと四年じゃん怖」
「私はあと三年だけど」
あと三年で三十歳なのに茂庭さんはやっぱり可愛い。多分今は薄く化粧をしているのだろうけどそれでもこんなに可愛いのだから、本気で化粧をしたらどれほど可愛くなるのか想像も付かない。
高校を卒業してからの人生にはそれなりにガールフレンドの様な存在がいた。だから女性には多少耐性がある事にはあるけれど、年甲斐もなくドキドキしてはしゃいで、心の底から可愛いと言う言葉が湧き上がってくるのはやっぱり茂庭さんを相手にした時だけだった。可愛い、結婚を前提に付き合いたい。
頬杖を突きながら、目の前の茂庭さんにメロメロになっていると頼んだ酒が運ばれてくる。俺の生ジョッキと茂庭さんのレモンサワーが揃って、二人で取っ手を握る。そして持ち上げたジョッキをカチンと鳴らし、『乾杯!』と声を揃えた。
「…っん、…はー!レモンサワー美味しい…!」
「仕事帰りの酒は沁みるわ…」
「お酒飲むと疲れ吹っ飛んじゃうねぇ」
「茂庭さんビール飲まないんすか?」
「飲むよ?でもレモンサワーの方が好き」
「…なんか女子っすね」
俺の言葉に茂庭さんは吹き出した。ひとしきり笑ってから目尻に浮かべた涙を拭い、口を開く。
「やだ、もう女子って年齢じゃないんだけど。相変わらず口が上手だね、二口」
別に皮肉だとかお世辞だとかの意味合いで言った訳ではないのだけど。女子だろうが女性だろうが、茂庭さんはやっぱり可愛いし。茂庭さんの言葉にどう返せばいいのか分からなくて、誤魔化す様に生ビールを飲んでいると、テーブルに頼んだ肉が運ばれて来た。茂庭さんはウキウキの表情でトングを手に取り、肉を網に乗せていく。
「ふふ、お肉!お肉!」
「茂庭さんはどこの部位が好きですか?」
「私ハラミが好き!」
「へー」
「あとキムチ?」
「部位じゃねー」
一緒に頼んだキムチの盛り合わせもテーブルに置かれている。トングでどんどんと網の上に肉を放り込む茂庭さんの代わりにキムチを取り分けてあげれば、彼女はその行動に少し驚いた様な反応をして『ありがとう』とはにかんだ。可愛かった。
「茂庭さん今も溶接工ですか?」
「うん。二口も技術職?」
「そっす」
「営業とかも出来そうなのにね」
「いやぁ、俺は手動かしてた方が性に合ってますよ」
「分かる。事務作業より溶接とかの方が楽しいよね」
「そうそう。眠くならないし」
俺がそう言うと茂庭さんは笑った。寝ちゃダメだよなんて言いながら、網の上のタンを引っくり返す。
「そう言えば茂庭さん、インスタとかしてないんすか?」
「してないよ」
「え、ラインだけですか?」
「うん」
「マジか」
SNSをやらない辺り、茂庭さんらしいと言えばらしいけれど。何だか時代に取り残された感性に動揺したふりをしてみると、彼女はむぅと唇を尖らせて『別に良いじゃん』なんて反論した。
「やってなくて困った事ないもん」
「時代から取り残されますよ。いつだってSNSは流行の最先端にありますからねぇ」
「………わ、若い子に馬鹿にされちゃうかなぁ」
「若いってまだアンタも二十代でしょうが」
とは言えアラサー手前ではあるので、気にしてしまうお年頃。手を頬に当て、眉を下げて困り顔の彼女は息を吐く。何となく恥ずかしくなったのか、ちょっとだけ顔を赤くした茂庭さんは、気分転換でもする様にレモンサワーをゴクゴクと飲んだ。
「言うて高校の時も別に流行に敏感だった訳じゃないでしょ。全部滑津に教えてもらって」
「そうなんだけど〜」
カチカチと手でジョッキを鳴らす。その指は少しだけ荒れていて、爪は切り揃えられていた。ネイルなんて以ての外で華やかではない指だが、ひどく惹かれてしまうのも事実だ。
「…でもSNSばっかりもなんかちょっとねぇ。前の彼氏にインスタ用にって言ってる毎回ご飯の撮影に時間掛けて料理冷めちゃうのは嫌だったな」
「…………今彼氏って言いました?」
思わず聞き返すと茂庭さんは何食わぬ顔で頷いた。そりゃあ卒業からこれだけ時間も経っていたらいてもおかしくないとは思うけれど普通にショックで、目を泳がせていると茂庭さんは頬杖を突いた。いつもよりちょっと物憂げな様子にあまり良い思い出ではないのかなぁと推測が付く。
「いや、新卒入社した一社目の取引先の営業の人と付き合って三股浮気されてぶん殴って別れた」
「予想以上にすごい遍歴」
「慰謝料取れないのが心残り」
「結婚してないとダメですからね、そう言うの」
「ただその噂が前の職場で広まったらしくてそのせいで担当変わったって聞いてちょっとすっきりした」
きっとそれは茂庭さんが前の職場で築いたもののおかげなのだろう。とは言え、まさか茂庭さんが男と付き合っていて、浮気までされていたとは思わなんだ。自分が全く知らない茂庭さんがそこにはいて、何故だかハラハラドキドキしていると、網に置いた肉の焼き加減を確認しながら茂庭さんは小さな声で呟く。
「恋愛なんてもう懲り懲りだよ。だから結婚もいっかなぁって。幸い、私の仕事って専門職ではあるし、一生独身でも何とか食っていけるとは思うし」
「茂庭さん…」
「はーあ、人生そう上手くいかないね〜」
交際相手に三股の浮気をされたなんて、人生上手くいかないとかそんな問題ではないと思うけれど。目を伏せて沈んだ茂庭さんの顔を見ていると何だか放ってはおけなかった。いや、俺ならそんな顔させないのに。てか鬼の様にモテたとしても俺は一途な男だし。俺だって専門職で、割と安泰だったりするし。
「………じゃあ俺で良くね?」
思わず溢れた言葉。ひどく小さな声だったけれど茂庭さんはちゃんと聞こえていたらしく、『え?』と聞き返す。俺は少し間を空けて、自分の言った事を振り返る。それから少し顔を青くするけれど、もう引く事は出来なかった。ここで逃げたら男じゃないだろ。
「じゃあ俺でいいと思います。俺も専門職で安定してるし、バレー続けてるから筋肉もあって男らしいし、浮気も不倫もしない一途な男なので」
「…あー…タチの悪い冗談?」
「嘘偽りない本心です」
「………えーっと」
「俺、高校の時から茂庭さんの事好きだったんですよ。何回か他の女の子と付き合ってた時期もあるけど、結局茂庭さんの事ずっと好きだったし」
「……え、それって好きな女の子がいるのに他の子と付き合ってたって事?それってその子に対してちょっと失礼じゃない?」
「…………………………う」
急に飛んできた豪速球がクリーンヒットし、蛙が潰れた様な声が出た。茂庭さんは優しそうに見えて意外とはっきりものを言えるから偶に残酷な事もある。
いや、そう。確かにそれはそう。そう言われれば、先程の自分は誠実ですアピールは一体何だったんだと疑問に思う。恥ずかしい。
「…ふ、二口は私の事が好きなの?先輩を尊敬する好きとか、その、何ならお姉ちゃんとかお母さんとかみたいな家族愛的な?好き?とか?」
「まあ、茂庭さんと結婚出来たら、そりゃ好意の形って家族愛とかに変わってくかもしれないですけど」
「えっ!?」
「今のところずっと、女の子として好きですよ、俺」
俺の言葉を真っ直ぐと受け止めた茂庭さん。顔をぽぽぽっと赤くして手からトングが滑り落ちる。それは網の上にカランと落ちて、肉と一緒に熱された。
「あっ、トング!ちょっと茂庭さん!」
「あ、あっ…と、トング…」
「俺が取るんでいいですよ。それ冷めるまで触んないでくださいね、危ないんで。後肉もいけそうだ。ほら、タンあげるんで落ち着いてください」
トングをトングで救った後、ちょうどよく焼けたタンを茂庭さんの皿に乗せる。良い焼き色のものを自分の皿にも乗せ、ざわつく心を一旦落ち着かせて『さぁ食べよう』と箸を持った時、茂庭さんが口を開いた。
「あの」
「はい?」
「正直、今すぐによろしくお願いしますとは言えないんですけど」
「……ま、そっすよね」
「真剣に検討しても良いですか?」
「…え、それって勝算ありって事?」
「それは今後の検討次第…かな」
はっきりとした返答ではないけれど、確かにチャンスの残ったものだった。茂庭さんの反応だって決して悪いものじゃない。だって別段俺を拒んでいるだとかそういう訳じゃないから、チャンスはいくらだってある。
答えは全然まだなのに、既に心が舞い上がっていた。0%より1%でも可能性があった方がやっぱり嬉しいもので。馬鹿みたいに目を輝かせた俺は『じゃあ!』なんて大きい声を上げて提案した。
「これからは頻繁に会いましょう!」
「え」
「だってマチアプ使おうが知り合いづてで出会おうが、付き合うまでには絶対何度か会う過程があるでしょ?会って速攻で付き合った事あります?」
「…ない」
「それで改めて俺を知ってください!折角なら大人になった二口賢治の事、ちゃんと分かってから考えて欲しいです!」
俺の勢いに押されてなのか。茂庭さんはおずおずと頷く。『まあ、いいけど…』なんて少し困惑した様な声で言われたけれど、断られていないから全く問題なし。数年ぶりに巡ってきた大きな大きなチャンスを絶対に逃すものかと俺は強く思った。

1つ前へ戻る TOPへ戻る