ロマンスがうまれる

息を切らしながら走っていた。まだ着て数回目のワンピースはヒラヒラと落ちる木の葉を掠めていく。
まだ俺はお前の友達なのかよ。拗ねた様な、緊張している様な、少しだけ怒ってもいる様な、微妙な声音が聞こえて。顔を上げたユウリは改めてホップの背の高さに驚いた。
ポケモン一匹とホップと、一緒にガラルを回り始めた時は自分とそう大差ない背だったのに。頭ひとつ分とちょっと、ぐっと伸びた彼は少年から卒業をし、既に青年の様相をしていた。
「と、友達って、そう、だけど…?い、嫌なの?」
「嫌だな」
ホップからの拒否は初めてだった。それに、否定するものは、自分との関係性だなんて。自分は何かをどこかのタイミングで間違ってしまったのだろうか。ぐるぐると考えて、答えには全く辿り着けず。ユウリは胸がキュッと締め付けられる様な心地だ。
「…傷付いた顔してる。そう言う意味じゃないんだぞ。ごめん、誤解させた」
「そう言う意味じゃないって、なに?」
「ユウリと友達が嫌とかじゃなくてだな」
ホップはそれから一呼吸置いて、目を瞑る。ギュッと拳を握り締め、ゆっくりと目を開けた。琥珀色の綺麗な瞳はゆらゆらと揺れ、頬はポッと赤らんでいる。どこか恥ずかしそうな、でも覚悟の決まった様な表情で、口を開いた。
「ユウリが好きだから、俺の事を彼氏にしてほしいと思ってる」
「…え……」
「友達で終わるのは、絶対に嫌だ」
この世界に無音の場所なんてない。外に出れば風のそよぐ音がするし、ポケモン達が鳴いている。家の中だって外からの音や、中での物音が必ず聞こえるはずなのに。周囲が恐ろしい程にシンとして、音がどこにもない様な気がして仕方がない。その代わり、爆発するのではないかと言うほどに、自分の心臓が鳴っていた。
「だから、頼んだぞユウリ」
「え?」
「今はまだ友達かもしれないけど、それ以外の可能性もちゃんと考えてほしい。返事はいつまでも待つ。十年とか経つ前にはほしいけどな」
「……あ、あの」
「うん?」
「ホップは、その、私の事いつから…」
「んー…わかんないぞ。なんか、気付いたら」
自分の気持ちを伝えて吹っ切れたのか。いかにも平然とした様子でユウリの質問に受け答えをする。
「わ、私の好きなとこ、とか」
「欲しがりだな〜、ユウリは」
「あ、ぁ…ご、ごめん…」
「俺が手を振った時、いっぱいに目を見開いてから、すぐにキュッと細めてニコって笑うとこ、嬉しそうですごく可愛くて見るたびに良いな〜って思ってる」
「え、ええ…!」
ホップが手を振るだけでそんな顔をしているのか。なんだか恥ずかしくて、ユウリは頬を手で包んで押さえる。
「歩幅の小さなポケモンと歩いてると、歩幅を合わせてちまちま歩いてるのとか、かわいい」
「あんまそう言う変なところ見ないで」
「…ユウリ分かったか?俺がユウリのことめちゃくちゃ可愛いなって思ってること」
ユウリはキュッと口を閉じた。黙って静かにしていると言うのに、頬だけはどんどん赤くなって熱が生まれて。身体の内からくすぐったさと暑さを感じて、抑えようとして頬を両手で包む。
「そういうわけだから」
「…うー…」
「好きだぞユウリ」
最後に小さく囁いて、ホップは去ってしまう。その場に残されたユウリは呆然と立ち尽くし、それから何もかもを誤魔化す様に、駆け出した。プラッシータウンからハロンタウンを抜けて、まどろみの森へ入る。霧が晴れ、木々の隙間から火の光が差し込むのどかな森で、ユウリは体温を冷ましていた。
沸騰しそうなほどに熱くて、脳みそがもう茹だりそうで仕方がない。優しい笑顔が、最後の囁きが耳にこびり付いて上手く離れてくれないのだ。
冷静な思考など、今のユウリには無論出来っこない。クラクラと揺れる視界の中懸命に真っ直ぐ立っては、ぐわんぐわんに掻き回す自分の思考と世界に抗って。それでも耐えきれずにその場にしゃがみ込み、小さな声で威嚇する獣の様に唸った。
「ううー…!」
木の間からホシガリスやココガラたち小さなポケモンが見ている。その沢山の視線にユウリは気付く余裕もなく、頭を抱えていた。
「どうしよう…!」
今更、ユウリもホップとの関係性に悩む事になるとは、夢にも思わなかった。ユウリにはホップはまだ友達だし、特別な関係へ駒が進むのか、この答えがどこへ辿り着くのかは、わからない。ただこれから、二人の間が少なからず変化する事は明白だった。

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