柔らかな太陽の日差しの下で、セイカはのんびりと足を伸ばした。横にはベイリーフが当初より随分と立派になった体を小さく丸めて目を細めている。
「きもちいいねぇ」
ベイリーフはにこりと笑い、きゅるる、くうと可愛らしい声で返事をする。それから自分の前足に顔を擦り付け、口をパカリと開けて欠伸をした。
「あれ、セイカじゃん」
「あは、ガイ、また街を走り回っていたの?」
「まーな。お前は何してんの?」
「日向ぼっこ。いつもはワイルドエリア行ったりショッピングしたりしてるけど、今日はゆっくりしようと思って」
ベイリーフの顔を覗き込んで『ね?』と声を掛ける。ベイリーフもまたゆったりと顔を上げて、『そうだね』とも言いたげに鳴いた。
「それなら一緒に飯行かね?雰囲気のいいカフェ知ってんだ。多分、セイカが好きな感じだと思う。きっと気に入るぜ?」
「そういえばもうお昼ご飯の時間かぁ。そうだねぇ、特に予定もないし…うん。じゃあ行こうかな」
「おう」
彼女はベイリーフの頭を優しく撫でて、ボールに戻す。それからゆっくりと立ち上がって、伸びをした。膝の上に置いていた帽子をしっかりと被り直し、サイドや後ろ髪を何となく整えてからガイの隣へ並ぶ。
「カフェには何があるの?」
「おすすめはオムライスと、アラビアータも美味いよ」
「そうなんだ、じゃあ私パスタにしようかな」
「また行ってメニュー見たら気も変わるって」
「ふふ、そうかも」
のんびりと笑うセイカにガイの口角も緩む。何の身にもならないとりとめのない話を続けながら歩いていると、不意にガイの歩幅が変わる。先ほどより少し大きく足を踏み出し、階段を一つ降りた一歩先で立ち止まった。
「まるで女神の様に美しいレディ、お手をどうぞ」
「…へ?」
「昨晩雨が降ったせいで階段が滑りやすくなってる。転んでその素敵なドレスが汚れるのはセイカだって嫌だろ?びちょびちょのお嬢さんも勿論、素敵ですけどね」
「あ、ひ、一人で降りられるよ?」
「そう言うことじゃねーんだよな」
困惑しきっているセイカの反応にガイはケラケラと笑う。だが差し出す手を下ろす事はなく、むしろ自分の手を取る様に促した。
「さ、ほら、可愛いお嬢さん」
「え、えっと」
「俺の面目を保つためだと思って」
そう言われておずおずと手を伸ばす。ガイの手のひらへ、控えめに手を乗せれば彼はその手を優しく握った。
セイカに合わせ、ゆっくりとその手を引いて歩く。他人に手を引かれて階段を降りるなんて事は、飛行機と電車を乗り継いではるばるカロスの外から来た彼女には毛頭無く。数段降りるだけなのに、ひどく緊張した面持ちだ。
階段を降り切ってアスファルトに足をつけた時、セイカは『ふう』と息を吐く。その様子にガイはまた大きく笑った。
「何で疲れてんだよ」
「エスコートなんてされた事ないから、どうすれば良いのかわからなくて…」
「麗しのプリンセスは出された手を取るのが仕事だぜ」
「その、歯が浮く様な台詞とか」
「レディを褒めるのは朝に紅茶を飲むのと同じだろ」
要するに普通で、当たり前だと。毎朝紅茶が喉を通っていくのと同じ様に、女性に甘言を届けているのだろう。『何を言ってるんだ』とこちらを困った様に見つめるガイに、セイカは文化の違いをひしひしと感じる。それでも、ある程度謙遜の国に生まれた彼女は胸の前で小さく手を振る。
「女優のカルネとかだったらそりゃプリンセスというか、もはやクイーンだけど、私はそんな」
「セイカは可愛いだろ」
「え、ええ…そんな簡単に…」
本当に当然の様に甘い言葉が降ってきて。赤くなって、ぐるぐると目を回すセイカは実はガイに遊ばれているのではないかと疑う。反応が面白くて、揶揄っているのではないかと疑念を抱き、探る様にこっそりガイを見る。その視線に目敏く気付いて、彼は目を細めた。
「俺は別に誰彼構わずプリンセスとは言わないぜ。それに素敵とは褒めるけど、具体的には言わないようにしてるし。デウロに言ってるところ見た事ないだろ」
デウロに関しては、そもそもガイが彼女を褒めているところを一度も見た事がないのだが。彼女の名前を出されたところで、ガイの認識の違いを確認する比較対象にはならない。
「…ところで、具体的に言わない様にしてるのは、どうして?」
「本当に大切な人が現れた時、その言葉に特別感がなくなるだろ」
無茶苦茶で何にでも考えなしに突っ込みがちなガイも、冷静にそんな事を考えているのだと失礼ながらセイカは感心した。それからふと思い、右下を見て考える。
「それを、どうしてわたしに」
「もー、腹減ったよ、セイカ。さっさと行こう。人気だから店並ぶぜ」
「あ、ああ、そ、そうだね」
セイカが思考し、答えに辿り着く前にそこに釘を刺して止めたのはガイである。タイミングを見計らって声を上げれば、セイカの意識はすぐに彼に向いた。ガラリと話を変えるガイに素直に頭を切り替えたセイカはまたニコニコと談笑をして。今日中に彼女がガイの言葉の意味に気付く事は、おそらくない。