だれよりも

大きな声と荒い息。発せられた彼の精一杯の告白に国見はゆっくりと目を見開いた。
「……え」
告白の言葉から間を空けて、やっと絞り出した言葉は短いにも程がある。一言どころか一音で、それを発して固まる国見に金田一も困り果てた。
「え」
「………えぇ…」
「お、おい、国見…?」
『おーい、もしもし』と何度か声を掛ければハッとした国見は金田一を凝視する。驚いている事は分かるけれど、それ以外はあまり顔色の変わっていない様子に彼も少し頭が冷える。
「く、国見?」
「……なに?」
「それ、ど、どういう感情、デスカ?」
「……驚き」
「あ、はい…」
勇気を出して聞いて見たはいいものの、結局出来たのは知っている情報の確認だけで。新しいものを得る事は出来ずに金田一はもどかしい思いをする。国見は数回、パチパチと瞬きをして戸惑った様な声を上げた。
「ミソノさんは?」
不意に自分達以外の名前が出てきて金田一は首を傾げる。ミソノと言えばおそらく、隣のクラスの三園由梨でバスケ部の女子だ。可愛らしい顔立ちで、学年でも一二を争う美人だなんて言われていた様な気がする。彼女とは同じ体育館を使う運動部同士、何度か話した事がある。だからと言って好きだとかそんな事は一切なくて、何故いきなり彼女の名前が出るのかと金田一は困惑した。
「…?なんでだ?」
「好きじゃないの?」
「全然好きじゃねぇけど…?」
「タケモトさん」
「タケモト…?……たけ…あ、竹本千紘?なんで竹本?」
「好きじゃないの?まりこ様似」
「まりこ様の方が良いだろ」
「そうじゃねぇしめちゃくちゃ失礼だな」
突如ナチュラル失礼をかましていく金田一に国見も思わず突っ込む。そういうつもりで名前を挙げたわけでは一切ないが、国見も自分で最早悪意を持って名前を出した様にも思えてきてしまって少し申し訳なさを感じた。
そんな様子などつゆ知らず。金田一は『それより』とまだ言葉を続けて頬が少し色づく。
「国見の方がかわいい」
「……は」
ド直球の言葉に国見は目を丸くした。流石の彼女もこれには照れを隠しきれない様子で、ぽぽぽと顔が赤らむ。
「は…聞いてないし、それ」
「今初めて言った、から」
「い、いつから?」
「中二」
思っていたよりも前で国見は動揺する。くるくると目を泳がせて、手先をソワソワと動かした。
「ちゅ、中学」
「中二の頃から国見の事ずっと好きだった。ずっと見てた。修学旅行だって、お前は女友達と行ったけど、本当は一緒に回りたかった。話しかけるタイミングすらなくて、俺何も出来なかったけど」
中学の頃の修学旅行先は東京で。原宿だの渋谷だの、騒々しくてごちゃついた街を国見は当時仲の良かった女友達と回った記憶がある。班どころかクラスも別々だった金田一とは一緒に回った記憶どころか、言葉を交わした記憶だってあまりない。その認識は間違ってはいない様で、金田一は後悔とか悲しみをありありと写した顔で口を噤んだ。
「えっと…」
「ディズニーだって、一緒に」
「アヤセさんは」
「……は?」
「アヤセさんは?ミヤワキさんは?」
「え、だれ?」
「仲良かったじゃん」
上げた名前の女の子に金田一は心当たりがない様で。グリンと首を傾げて眉間に皺を寄せている。それからパッと国見を真っ直ぐ見つめた。
「お前さぁ」
「…なに」
「さっきから他の女の名前ばっか」
「な、なんだよ」
「何で自分が勘定に入ってねぇの?俺は国見が好きだって言ってんのに、他の奴の名前上げてあれやこれやって意味分かんねぇ」
そう言い切って一度息を整えて。金田一はまた国見に言い聞かせる様にしっかりと『お前が好きだよ』と言葉を続けた。
「……金田一は」
「おう」
「私の事別に興味ないって、思ってたから」
「………はぁ?」
「アヤセさんの事もミヤワキさんの事も可愛いって言ってたくせに、私の事可愛いなんて今の今まで言った事なかったじゃんか」
嫉妬か困惑か。どちらなのかは分からない。彼女の動かない表情が感情を隠し切っていた。
金田一は照れ臭そうに頬を一掻きして。数回目を泳がせてから『あのなぁ』と語尾を伸ばす。
「下心のある男は嫌われるって」
「あ?」
「見たんだ、パソコンの授業で」
「…何のサイトだよそれ。都会でかぶれる知ったかナンパ野郎が適当こいてるだけだろ。何様だよ」
「し、知らねーけど!」
インターネットの海から拾った情報を鵜呑みにするなんて、金田一もまだまだ子供だ。バカじゃないのと呆れの溜息を吐く国見に、彼は顔を真っ赤にした。
「だから、嫌われたくなくて…頑張ったんだよ俺は。ずっとずっと普通のフリして隠した。…上手くいってはいたみたいだけど」
「……まあ、そのナンパ野郎も実は間違ってはないんだけどさ」
金田一は目を丸くして国見を見る。やっぱりと生唾を飲み込む男に彼女は淡々と告げた。
「興味の無い男に下心向けられてもキモいだけだし、正味勘弁してほしいけど」
「ほ、ほら」
「興味のある男の子に向けられる分には別に問題ないって言うかさ、脈アリでちょっと嬉しく思ったりもするわけで」
『勿論、下心も度がすぎるとそりゃドン引きだけどさ』なんて釘を刺す事も忘れない。口から溢れる正直な言葉に顔がポッと赤くなるけれど。国見はチリチリと毛先を指先で弄りながら、唇を尖らせた。
「言ってる意味分かる?」
「わ、わかる」
「………言いたい事、分かる?」
金田一は唇をギュッと噛む。心の底から湧き出る甘酸っぱくてビリビリとした何かは、血液達と一緒に指の先まで巡り巡っていく。身体中が熱くなって、焼き切れてしまいそうで。溢れ出す感情を体内に頑張って押し込んでいる様なその表情を見て国見はゆっくりと目を逸らす。
「…金田一はさ、ずっと良いやつだったよね」
「…国見だけにな。せめて良いやつに見られたくて」
「下心のない優しい男ってね、こっちからしたら意外と恋愛対象外なんだよ。優しい人だけで終わってそれ以上でも以下でも無くなる」
「えっ、マジかよ」
「危ないね、金田一」
それから国見は小さな声で呟いた。だが確かに、金田一だけに聞こえる様な声量ではあった。
「私がお前の事好きじゃなかったら、お前は私のスタートラインにも立ててなかったね」
「〜っ!か、仮定の話に興味ねぇもん!今!今が良いから、それで良い!」
「声デカいんだけど。うるさい」
国見に注意されて慌てて口を両手で塞ぐ。子供みたいな仕草に国見は僅かに口角を上げて笑った。金田一はコソコソと、先ほどとは打って変わった控えめな声で国見に耳打ちした。
「俺はアリっつー事でいいっすか?」
「今までの話から自分で判断して」
「彼氏名乗ってみても良い?」
「……別に、名乗りたきゃ名乗れば」
「俺は国見の事好きだけど、国見は?」
問い掛けられて国見は瞼を伏せた。それからひどく小さな声でポソリと呟く。
「………まあ、すき、だけど」
国見の回答に金田一はとても嬉しくなって。彼女の手を取り、今日から俺が彼氏だなんて宣言をする。すると彼女はムッと不機嫌そうな顔をして、でもとても照れ臭そうに頬を赤らめて金田一の脇腹を小突くのだった。

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