監獄メイド④

まだ小さな子供の頃、重く暗い曇天の下で空を見上げながら不安そうにする彼女がいた。じめついた空気と、じんわりと感じる身体のだるさに煩わしさを感じつつ、彼女の側に立った。泣きそうな、どこか眠そうな目をした潔は隣に立つ玲王を見て眉を下げる。
「こわいね、かみなり」
「かみなり?鳴ってないだろ?」
「かみなり、鳴ってるよ」
そう言われて改めて耳を澄ましてみるけれど、あの大きな音は聞こえて来ない。また彼女にしか分からない何かがあるのだろうなと納得し、『へぇ』と相槌を打った。
「かみなりなんて大丈夫だろ。家入ればへいき」
「でも怖いよ、音大きいもん」
「怖がりだな〜、世一」
「玲王は怖くない?」
「怖くないよ、そんなの」
「すごいね、玲王…!」
「かっこいい?」
「うん!」
質問に素直に頷いて笑う潔。彼女の答えに満足した玲王は得意げに頷いた。
そうは言っても不安そうに空を見上げる彼女が心配で。玲王は彼女の手を掴み、ぎゅっと優しく握った。
「かみなり落ちても俺がいるし平気だろ」
「玲王がいると平気なの?」
「当たり前だろ!平気に決まってんじゃん!」
「なんで?」
なんでも何も、理由など無い。雷が落ちたところで玲王にはどうする事も出来ないけれど、それでも『大丈夫』と言って手を握ると彼女が笑ってくれる事が嬉しくて。両手で彼女の手を包み込んだ。
「世一に何があっても、俺が全部守ってあげるから大丈夫」
「…でも、メイドなので、ご主人様に守ってもらうのはダメだと思う」
「メイドであってSPじゃねぇから問題無しだろ!」
「…じゃあ、私も玲王に何かあったら守るから!」
「えー、それじゃあ俺が守ってる意味無いし」
「玲王はいいんだよ!私が、いっぱい守るもん!玲王のことも、玲王の友達のことも、いつかできる玲王の彼女のことも!玲王の大切全部、私が守ってあげるから!そしたら玲王のこと全部、ちゃんと守れるね」
彼女が潔世一であるからこそ、玲王はそう言っているのであって、別に誰でもいいわけではない。俺の大切が誰かなんてお前には分からないんだろうなって、少しがっかりして。そんな玲王の一途な想いすら気付かず、他の人の話をして、ニコニコと彼女は笑っていて。それでもやっぱり自分の事を考えてくれているのは嬉しくて、玲王にとってはなんだか複雑だった。
「…でも、それってつまり、ずっと俺と一緒にいてくれるってこと?」
「一緒にいなきゃ守れないもん!」
こくこくと頷く彼女に玲王は嬉しくなって、『そっか』と笑って手を握り返す。彼女からその言葉が聞けた事で気持ちが満たされて、柄にもなく浮かれた。
昔は一緒にいた。一緒にいる約束までした。けれど今は一緒にいるどころか、分かりやすく避けられてしまっている。
どこか怯えた様な視線を一瞬こちらへ向けて。玲王が視線を向ければすぐに目を逸らし、逃げる様に足早にその場を去った。必要以上の会話と接触がないよう、テキパキと、けれども注意深く動くさまを見て玲王は苦虫を潰した様な顔をする。
「…これ玲王の自業自得だと思うよ」
そんな二人の様子を横で見ていた凪は呟く。言われなくたってそんな事は分かっていて、不貞腐れた様な顔で鼻を鳴らした。
「…分かってるよ、そんなこと」
「どうすんの?それ以前にお前が何かやってたとて、仲直りもできないんじゃない?」
面と向かって第三者から現状を突き付けられ、玲王は黙った。もう二度と修復出来ない可能性が頭を過って、長く大きく溜息を吐く。
「ひおりんが話しちゃってみんな潔に玲王を近付けないようにしてるし」
「氷織が、じゃなくて氷織とお前が、だろ」
おそらくあの騒動の話を広げたのはあの時あの場にいた二人に違いない。絵心に呼び出されて怒られて、戻った時にはもう話が広まり切っていた。そして彼らはそれとなく潔と玲王の間に入り、玲王の視界を遮るように器用に動いている。この監獄の男全員が玲王から潔を遠ざけて守っていた。
「だって潔泣いてたから。可哀想じゃん、守りたくなるでしょ?女の子泣いてたら」
「……昔は、世一を守るのは俺だった」
「昔はでしょ。今は泣かせちゃったね」
「………冷静になれ、か」
確かに思い返せばあまり冷静でなかったと言えるけれど。なったからと言って何か変わるのか、見当もつかない。実際冷静に、落ち着いて、いつも通り話し掛けたところで彼女が拒絶するのだ。向こうに歩み寄りの意思がなければもうどうしようもない。
絵心は何かを確実に知っていて、身内というのもあるけれどだからこそ彼女を庇う。だが俺にヒントの様な言葉を残してくれた。それは何故なのだろうか。何か、彼女に関する何かを俺に託していたり。
彼女の態度の謎と、サッカー以外の全てが煩わしそうな態度の絵心が掛けた言葉。玲王は顎に手を当て、思考をする。何が黙って考え耽る玲王の目を前で手を振れど、反応は帰って来ない。『れおめんどくさ〜』と隣で明け透けに呟きながら、遠目で潔を眺める。
「………ん?」
「…はぁ、考えても分かんねぇわ。やっぱ話しないと」
「チカチカ?」
「は?」
謎の擬音を口にし、首を傾げる。急に変な事を口走る凪に玲王は訝しげな顔を向けた。
「何言ってんだお前」
「………んー、気のせい?」
「寝不足か?勘弁してくれよ」
「…なんでもなーい」
練習行こうぜと凪を呼ぶ玲王。その声に『はいはい』と返事をしつつ、今一度潔をチラリと見た凪だったが。肩を竦めてすぐに玲王の元へ向かった。
その後もやはり潔には避けられ続けて。雪宮や烏らが普通に会話をしているのが正直羨ましくて仕方ない。昔から彼女がサッカー好きで、自分でプレーしていたのは知っているから。サッカーの事とか、それ以外の今までの話とか、ずっとしたかったのに距離は開くばかりで縮まらず。玲王はただ潔と友好的に話をする場面を見つけては男達を妬ましげに睨む事しか出来ない。
「……御影玲王」
「あ?」
「やめろやその目。めっちゃ怖いわ」
じっとりと烏から睨まれて『あ?』と短く返す。烏は鬱陶しそうに息を吐き、言葉を続けた。
「お前が潔と喋れへんのはお前のせいやろ。そんでお前、女に掴み掛かるとかモラハラDV予備軍やん。やばいで」
「…ちょっと待て。掴み掛かってはない」
「胸ぐら掴んで怒鳴ったんとちゃうんか?そんで殴り掛かろうとして凪と氷織が止めた」
「すっごい尾鰭付きまくってるじゃねぇか。誰だ話盛った奴、どっからだ」
怒鳴ったのはまあ、そうではあるけれど。腕を掴んだだけなのに胸ぐらを掴んだとか殴り掛かったとか、無い事ばかり。それはどの段階で、誰によって脚色された事なのか玲王は自身の名誉のために知りたいと思った。
「…あのさ」
「なんやねん」
「お前から見てなんか、…アイツに違和感とかさ、変なところとかねぇかな」
「お前が分からん事は俺にも分からん」
「…〜っなんか、何でも良いから言うとかさぁ!ねぇのかな!?」
「ないわ。知らんし」
烏の返答は何の参考にもならない。全くもって親切ではない答えに礼ではなく長い溜息で答えてその場を去ろうとしたのだが。
「女の子の事は俺に聞くべきじゃね?烏に聞いても分からないでしょ」
「は?普通に彼女いた事あるわ」
「彼女がいるいないで返すのがもうダメだよね」
「なんかあんの?お前は」
「めっちゃ雑に聞いて来てウケる」
玲王からの雑なフリに『うぅん』と考える素振りを見せた後。乙夜はにこりと笑って人差し指を立てた。
「今日寝坊したのか髪の結びが甘め」
「キモい死ね」
「何で分かんねん、キショいわ」
二人から手酷くブーイングを喰らえど、乙夜は全く気にしていないようで。『めっちゃ言われてんだけど』と半笑いで呟きながら、冗談と言って誤魔化す。
「あとねぇ」
「どないしよ、この機に及んで使ってるシャンプーの銘柄とか答え始めたら。もう俺では手に負えへん」
「その時は俺が世一の代わりに殴っておくから」
「言わねぇよ。世一ちゃんの胸元に付いてるブローチ?ループタイか」
「ああ、あれ」
そう言えば彼女の首にはいつも緑色の宝石の付いたループタイが掛けられていて。こんな閉鎖空間で掃除洗濯雑用をするだけなのだから、おそらくお洒落以外に使い道のないそれは必要かとも思ったけれど。かと言って指摘するほどのものでもなくて、誰も言わないでいた。
「世一ちゃんってお金に困ってるとか、そう言うのじゃないよね?」
「は?アイツの親父さん大企業で働いてるぜ。お母さん専業主婦みたいだし、世一もやりたい事かなりやらせてもらってるみたいだし。それにアイツのお婆さんと叔母さんにはそれなりに出してるし、金に困る事ないと思うけど」
「んー…なんかあの子のループタイ、めちゃくちゃ安っぽいっちゅーか」
「安っぽい?」
「本物じゃなくて、イミテーションにしても宝飾の色が鈍すぎるわけ。俺も女の子にイミテーションのアクセサリーあげる事あるけど、最近は割とどこも高見えするし、誤魔化せる」
「最後の情報絶対いらんやろ」
乙夜の指摘に首を傾げる。確かに本物は買えないにしても、見栄えのいい偽物を買える様なお金の余裕はあるはずなのだ。彼女の身に付けているループタイの様子までは確認出来ておらず、玲王は唸る。だがしかし、ループタイがおかしいからと言って何になるのか。それに気付いて彼は『だからなんだよ』と続きを促す。
「で、その鈍い飾りの中がさ、時々点滅してる様に見えんの」
「点滅…?」
「祭りとかディズニーとかでピカピカ光るものは売ってるけどさ、そこまでの光り方じゃないし。光るアクセサリーだとしても、そんな子供じみたものをさ、十六歳の女の子がここに着けてくんのかななんて」
「まあ、アイツはそう言うタイプじゃないっていうか、そもそもアクセサリーあんまり着けないし」
「三年前の情報でしょ。聞いても意味ねぇじゃん」
「お前…」
不意にスカされて思わず短く突っ込みを入れる。とは言え乙夜の言う事はあながち間違ってはいなくて。アクセサリーをあまり着けない彼女がわざわざループタイを着けているのも気にはなっていたし、ましてやそのアクセサリーがピカピカ光るものなんて、潔が好むはずもないのだ。そんな幼い物を身につける様な感性では無いし、光ろうが光るまいがそこは彼女にとっておそらく無関心の領域でしかない。潔からすればどちらでも良いだろう。
「それで何がどうで、どうなるとかまでは俺もさっぱりだけど、何かありそうだねって可能性の報告」
「分かった。念頭に入れとく。ありがとう」
「つかあの子の事聞いてどないすんねん。話せもせんくせに」
「逆に聞いちゃ悪いのかよ」
聞いたところでそれを確認する時間が必要で、話し合う必要だってある。だが、それが彼女との仲直りのきっかけになるのだとすれば頑張れるような。玲王は余計な事を言う烏を軽く小突いて、練習に戻った。
それから長らくトレーニングや模擬戦を行い、身体中に負荷を掛けてヘトヘトになった後。食事の前、料理の準備が出来るまでのほんの少しの自由時間の最中。
「……あ」
「…………………あ…」
閑散とした廊下で二人は偶然遭遇する。目が合って、潔の方はすぐに気まずそうに視線を逸らした。
「…失礼します」
「〜っ!世一!」
玲王は手を伸ばし、彼女の手首を掴んだ。だが潔の肩はビクリと飛び上がり、全身をひどく強張らせる。警戒と緊張をする彼女の手を玲王は慌てて離した。とは言えこの反応には玲王もショックだった。自業自得でしかないのだが、幼馴染みである潔に非常に怖がられている事実は玲王の心に深くダメージを与える。
「わ、悪い…ごめん。こ、怖いか」
「……なにか、お困り事ですか」
「そうじゃなくて…」
「…それなら、行きますね」
眉は下がって困った表情のままで。立ち去ろうとする彼女の手を取って引き止める事は出来ないため、大きな声を上げた。
「ちょ、ちょっと!待ってくれ世一!あの、ただ話がしたいだけで…!誓って何もしないから、ほら、不用意に触んねぇし」
両手を上げて主張をしてみるが、彼女の表情は変わらない。目線が泳いで、もう行ってしまおうかと潔の爪先が玲王から反対方向へ向いた。それに人知れず焦った玲王はふと後ろを見て、偶然そこにいた二子を呼び止める。
「…なんですか。すごく厄介な予感がしますけど」
「いや、二子はマジでここにいてくれればいい。いるだけ、本当に。頼む」
「…えー……」
「ほら、世一だって第三者いた方が安心出来るだろ?あ、もっと俺より体格良いやつの方が良かったか?馬狼とか…」
「喧嘩売ってます?」
焦って捲し立てる玲王をじっと見て、それから二子に目を向ける。そして彼女は優しく後輩の青年に言葉を掛けた。
「…ごめんな。急いでたら行って大丈夫だよ」
「………いや、まあ、今のままのこの人、ちょっとうざいんで。ご飯食べるたびにヘラるの正直ゲンナリするし。皆さんしてますし。俺がここにいて解決出来るならそれで」
年上なんて事も気にせず、玲王に指をさして。皆が感じていた事をサラリと溢す。後輩の癖に生意気だぞと言う気持ちはあったけれど、主語の大きな批判に黙った。ショックは全然隠し切れないけれど、折角二人で話し合える機会なのだ。二子はいるけれど、この時間を無駄にしてはいけないと切り替える。
「…この前は、悪かった。酷い事言って手を出したのは謝る」
「………私こそ、すみません…」
「世一は俺の、そう言うところが嫌になって距離を置いた、のか?」
その質問に潔は首を振る。今までと同じく『違うんです』と否定するだけでそれ以外は何も言わない。そこからどう彼女の本音を聞き出そうか悩み、玲王は困った様な顔で潔を見た。
何となく気まずい沈黙が流れて、間に挟まれている二子も表情が死んでいて。地獄の様な空気感で玲王は彼女の胸元に目をやる。首に掛けられ、胸に輝くのは例のループタイだ。
紐を止める緑色の飾りは濁っている。乙夜の指摘の通り、偽物にしても色が鈍すぎて違和感を感じた。明るすぎてもきっと安っぽく感じてしまうのだろうが、濁りすぎても高価には見えない。
「…な、世一、お前このループタイ誰からもらったんだ?」
玲王の指摘に潔は両手を軽く握る。指先が薄らと白くなった。その僅かな動揺に目敏く気付いた玲王は追及をやめない。
「お前ってこう言うちょっとしたアクセサリーとか、そう言うのつけるタイプだったかなって思ってさ。こういうの多分自分では買わないだろうし。家族からのプレゼント?それとも友達?」
「もしくは恋人とか?」
「二子お前余計な事言うな」
「潔さんにだって彼氏いるかもしれないじゃないですか。その可能性を勝手に潰すのはどうかと思います」
玲王が無意識か意識的か、避けていた選択肢を無慈悲にも二子が突きつけ。玲王はじっとりと二人の真ん中にレフェリーの様に立つ彼を睨みつつ、潔と一歩分距離を詰める。
「お前が買ったの?」
「…いえ、あの」
「誰がどこで購入した?それ、少し色が悪いぞ」
「…あ、あの、お、叔父です。父方の…誕生日プレゼントで」
潔の言葉に玲王はピタリと止まる。それから少し下に目線を向けて、考える素振りを見せた。そしておずおずと口を開く。
「…いないだろ、お前の親父さんに兄弟は」
「………え」
「御影の個人宅で雇ってるハウスキーパーだから問題のある人物とか危険な人とか雇わないよう、一応採用前に全員の身辺調査してんだよな。勿論、本人に同意貰って。一応その人の孫くらいの距離の親族までは把握出来るようにしてんの。大抵の大企業だってしてるだろ?」
「まあ、問題が起きた場合、企業対応と個人対応じゃまた勝手が違ってくるでしょうしね」
「そう。減らせるリスクは減らしてるってだけ。その人が反社と関わりあるとかってなったら勿論会社諸共ヤバいし」
そう説明する玲王の前で、潔は黙ったままだ。心なしか青い顔をして俯いている。
「それで、お前の…っていうかお前の身内周りは把握してる。だから知ってる。親父さんにご兄弟はいないって事」
「……………えっと」
「今更弁明したところで一回嘘付いてたら全部嘘に聞こえる」
「ぁ…」
「嘘を吐く理由は何だよ。意味も無く誤魔化す必要なんてないだろ」
問い詰めるたびに口調が強くなっていく。それでも潔は黙ったままで。玲王はまた気が立ってしまって声量が大きくなっていった。
「俺が悪いとも言わないし、何が原因かも教えてくれないし、それなのに態度はそのままでもうどうすれば良いのか分かんねぇよ。お前は俺にどうして欲しいの?友達でいる事すらいけないわけ?」
「そう、望んでるんです」
「だれが?」
「…………わ、わたし、が」
「…は?なんで」
「ちょっと、詰め寄りすぎです。落ち着いてください」
ヒートアップして距離を詰めかけた玲王との間に二子が入る。玲王から彼女を守るように立ち塞がり、なるだけ淡々と落ち着いた口調で玲王を諌めた。
「その態度じゃ話してくれるものも話してくれなくなります。女の人相手にその詰め方は酷です」
指摘をされて小さく舌打ちをした後、長い溜息を吐く。二子は後ろの潔の様子をチラリと確認する。申し訳無さそうに小さくなっている彼女を見て可哀想な気持ちになっていたのだが。
「……ん?」
「あ?」
「…え、なんかそれ光ってないですか?」
二子の目は髪で隠れているが、顔の方向は彼女の胸元を向いている。玲王も彼女のループタイに視線を向けると焦った顔でそれを手で隠した。
玲王は実際に光っているところを確認出来なかったが。ただ同一の証言だけは揃っている。点滅しているように見えたと乙夜が言い、二子も目の前で同様の発言をして。
考えているとふと思い出す。凪が潔の方を見て口にした『チカチカ』と言う擬音はもしかして、二人と同じものを見て同じ事を指し示しているのではないか。そうだとすれば証言は三人分となり、更に信憑性が増す。
「…そのループタイ見せてくれね?」
「それは…」
「少し外してもらってそれ俺に渡してくれれば良いから。確認したらすぐ返すし」
「それは無理です。渡せません」
「そんなに大切なのか?」
どう見ても安っぽい、まるで百均で売っているような子供向けアクセサリーの様なそれを。彼女は神妙な面持ちで守っていた。
「でも、そのアクセサリーがおかしいってもう何人もの奴から聞いてるし、こんな複数から指摘されるって事は何かあるだろ」
「ごめんなさい、手放せません」
「いや、手放すとかではなくて」
二子は余計な事を言ってしまったかと、申し訳無さそうな気まずそうな顔をしている。ただまた玲王がヒートアップした時のために彼の動向を警戒する事は忘れない。
見せる見せないの押し問答を長らく続けて、痺れを切らしたのは潔だった。彼女は玲王の繰り返される質問に耐え切れず、言葉を遮断する様に叫ぶ。
「ごめんなさい!絶対に手放さないようにって、そういう決まりなので!あの、指示されてて」
「…手放さないように『指示』…?お前のお婆さん達がか?」
玲王にとっては違和感だった。彼は彼女の祖母の事よく知っている。自分も彼女と同じく、その女性にひどくお世話になったのだ。彼女の叔母にだって優しくしてもらっていて、その人柄にはしっかりと触れた上で感じている違いだ。あの優しい二人が、そんなアクセサリーで決まりを作るのか。時折見かける潔の両親の柔らかな雰囲気を思い起こしても、そんな事を言うとは到底思えなかった。
「決まり…を、決める……指示されてる………命令?」
彼女に対等に、もしくは上から何か言える人と言えば。家族か、友達か。彼女の身内か、それとも。
「…俺の親、とかからなんか余計な事言われてたり…?」
とは言え、彼女は玲王共々、家族がお世話になっている人の身内の子なのだ。御影の家の人間ががある程度丁重に扱わなければならない立場で、そうそう言えたものではない様に思うのに。玲王の一言で一瞬、明らかに動揺を見せた潔に玲王も狼狽えた。
「…え」
その反応はどう言う事かと問い掛けようとして、彼女の名前を呼んだ時。それと同じタイミングで、女性の声で玲王と潔の名前が呼ばれた。
「御影くん、潔さん、絵心さんから呼び出しです」
「…世一も?」
「ええ。ご飯前にごめんね」
「いえ…」
「…じゃあ僕は食堂行きますから」
「あ、に、二子、ごめんね!」
潔の謝罪に二子は短く返事をして。軽い会釈をして食堂の方へと歩いていった。
こちら側に気を遣ってくれているとは言え、有無を言わさない帝襟の様子に二人は頷く。それから彼女の後ろをついていった。玲王はチラリと彼女を横目に見る。気まずそうに俯く彼女に何か話しかけようと僅かに口を開いたけれど、結局何を言えば良いのか分からずに黙りこくった。

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