監獄メイド①

それはまさしく、青天の霹靂だった。
そりゃあ男子校は汚いなんて話が世間に流れているくらいなのだから、男の衛生観念や清掃能力なんてたかが知れている。男が二百人以上集まれば、どう足掻いてもその空間が汚くなってしまう事は想定の範囲内だ。誰も気にしないから誰も片付けなくて、洗濯物だって溜まる一方。片付けても片付けても片っ端からまた汚れていく状況に、馬狼をはじめとする何人かの綺麗好きは憤死しかけていた。
そのストレスや、衛生的に許容スレスレを常に這う状況を絵心も少し問題視はしていたみたいで。言っても改善が見られない男子高校生たちを前に痺れを切らした彼は、片付けや洗濯掃除といった身の回りの世話を親戚だと言う女の子に頼んだ。玲王にとっては、絵心の紹介で目の前に現れた彼女こそが、まさに足元から鳥が立つ様なものだった。
「──皆様、はじめまして。わたし、絵心さんの知り合いの」
「世一!!」
玲王は突然大きな声を上げて彼女に駆け寄る。世一と呼ばれた彼女は一瞬目を丸くして、それから困った様に微笑んだ。
「お前絵心の知り合いだったのかよ!」
「親戚の方です。幼い頃からお世話になっていたので」
「へぇ。つか久しぶりじゃん!元気か?」
「ええ、祖母も息災です」
「…何で敬語?」
先程まで声のトーンを上げてフレンドリーに話し掛けていた玲王だったが。彼女の一線を引いた余所余所しい態度に、途端に声を低くする。
「別に良くね?俺と世一の仲じゃん」
「いえ、そう言うわけには…」
「別にここ親父達もいねぇしさ、どうこう言ってくる奴いないだろ」
「いえ、そう言うわけにはいきません」
「は?なんで?」
「ちょっと玲王」
彼女に今にも詰め寄りそうな彼を止めたのは凪の一声だった。誰もこの場の状況が掴めていない中、二人の空気を割く。
「その子知り合いなの?」
玲王は凪の声に言葉を止める。それから少し機嫌の悪そうな顔をして言った。
「幼馴染み」
「いえ、雇用主と使用人の様なものです」
「ハ?おい。なんで?幼馴染みだろ?」
「いえ、そう言う関係ではございませんので…」
「なんで?」
「な、何でと言われましても…」
「ますます分からんくなった」
頑なに幼馴染みを認めない彼女と、そんな彼女に圧を掛ける玲王。聞いたところで良い答えは返って来なくて、一同は益々困惑を深めた。ハテナが浮かぶ空間で、静かに黙っていた絵心が口を開く。マイクが接続されたジジッと言う電子音の後に、説明をする。
「ソイツの家は代々御影の使用人をしていて、潔世一は御影家の元メイド長の孫娘。で、今はコイツの叔母が御影の使用人として働いてる。長期休みとか、小遣い稼ぎで良く手伝いに行っていたらしい」
「あ、…潔世一と申します!本日から、ブルーロックのお手伝いとしてアルバイトさせていただく事になりました!基本的には掃除洗濯、雑務周りの事と、あと簡単な怪我の手当てなんかもさせていただきます!何かありましたら、お声がけください。そう言う仕事で来ているので、遠慮はいりませんからね」
スカートを摘んで軽くお辞儀をすると。その様子を見た男子からは軽い歓声が上がる。何の歓声だろと不思議に思いつつ、潔は控えめに微笑んだ。
「今言った通り、彼女にはお前達の世話をしてもらいます。一人を除いておぼっちゃまでも何でもないお前らが同い年の女の子に世話されるなんて情けない。自身の自堕落を思う存分恥じろ」
「大分キレてんなアイツ」
「別に何もやってないけどね〜」
「テメェが言うんじゃねぇクサオ!」
馬狼の糾弾に何も千切も素知らぬふりで。叫びは一切響いていない様だった。
「あとコイツは俺の元でスポーツアナリストとしての勉強をしている。まあ、まだ見習いだが、アンリちゃんよりは使えるから、もしプレーにおいて客観的な視点が欲しい場合は彼女に教えを乞う様に」
絵心の後ろから『未熟ですみませんねー』とうんざりした様な声が聞こえる。不機嫌そうな帝襟の声を完全にスルーして話を進めた。
「彼女は俺の親戚のお嬢さんだから、俺は監督責任があるし、くれぐれも丁重に扱わなければいけない。まあ、アンリちゃんより断然使えるから手伝いは非常に助かるが、こんな男大勢の中に放り込むのはあまりにも気が引ける。俺は最後まで反対だったがな、彼女がしたいと言うから叶えたまでだ」
「ご、ごめんなさい絵心さん」
「本当だよ。君に何かあったら全部僕の責任なんだから勘弁して欲しい。だから何が言いたいかと言うとだね、お前ら、絶対にちょっかいかけるなよ。粗相をしたらお前を殺して俺も死ぬ」
「そ、そんなに…」
「お前ら、いつでも監視カメラで見てるからな。少しでもおイタしてみろ。貴様の未来は無いと思え」
液晶越しに指差す絵心。なんとも言えない迫力に一同は少し黙った。
「特に御影玲王」
「は?何で俺?」
「知り合いだからと言って距離感を誤るな。俺には!他所様のお嬢さんを!監督する責任が!あるんだからな!以上!あとは頼むよ、潔世一」
「あ、あ、お、お疲れ様ですっ!」
プツンと映像が切れて、潔と男達がこの場に残される。一同が集められたミーティングルームの隅にある監視カメラがここぞとばかりに動き、レンズをこちら側に向けた。
「…あ、な、なにとぞよろしくお願いしますっ…!」
「うん、よろしく〜。俺、乙夜影汰で〜す。なんか困った事があったら言ってね、世一ちゃんなら何でも助けちゃうから」
「コイツ一番危険な奴やから関わったらあかんで」
烏の静止を振り切り、彼女の肩に手を伸ばす。その手を思い切り叩いて払い除けたのは玲王だった。
「うちの世一に触んな」
「その世一ちゃんに拒絶されてんのはお前だけどね〜」
「…つかお前、マジでその態度どういうつもりだよ」
「どういうつもりって、立場を守っているだけです。私には祖母や叔母のメンツがありますから」
「いつも馴れ馴れしいくせに、今更他人行儀かよ」
「……いつもも何も、玲王様とお会いしたのはもう三年前で最後です」
「呼び捨てだろいつも」
「お会いしたのは三年前で最後です」
「っお前マジ、三年三年って、俺は連絡しただろうが!返さなかったのはお前だろ!」
「…」
玲王の指摘にダンマリを貫く潔。我慢ならなくて潔に一歩詰め寄った玲王から何かを察したのか、千切が彼の肩を掴んで止める。その行動によって少し冷静になれたのか、玲王は深く息を吐いて潔を睨み付けた。
「玲王っちって凪っち以外に感情剥き出しにできる人いたんだね〜」
蜂楽の何気ない呟きに、周囲は密かに同意する。その言葉を受けてなのか、凪がボソリと口に出す。
「玲王はその子の事が好きなんだね〜」
凪の言葉に玲王は瞬きをする。それから『はぁ?』と大きく声を上げたあと、すぐに『はは!』と渇いた笑い声を出し、目を細めた。
「…なわけねぇだろ。うちのメイドだぞ。俺は使用人には手出す趣味ねぇし」
「……あーそーなんだー」
「連絡取ったのに返して来ない女なんて眼中にねぇわ」
「ふーん…」
玲王の悪辣とした言葉を凪は適当な相槌で受け流す。玲王の態度と言葉は明らかに不貞腐れている子供のそれで、手を出さない、興味無いと主張するにしてはあまりにも説得力がない。暗に構ってほしいと言っている様なもので、その天邪鬼さに凪は非常に面倒臭さを感じていた。ただその傍らで、密かに傷付く少女がいた事も同時に気付いていて。チラリと彼女に目線をやって、それから気まずくてすぐに逸らしてしまった。

「…ねえ、聞いて良い?」
「ん?いいけど、何?」
「あの子、玲王くんの幼馴染みなの?」
食堂に集まり、それぞれが食事を取る中で雪宮は玲王に話を振った。彼女の紹介があったは良いがその後すぐに練習に入ったため、彼女と交流する時間も玲王に話を聞く時間もなかったのだ。興味本位の質問はこの場の全員が一致して抱いていたものであり、同じテーブルで食事をしていた乙夜も身を乗り出す。
「あのかわい〜コ、メイド服超似合う。良いね、あの子、彼氏いんの?」
「ア?」
「ウブそうで可愛いし、連絡先交換してブルーロック出れた時にデート誘ってみちゃおっかな」
「お前ホンマに節操ないな」
呆れ声の烏に『いいじゃーん』と間延びした声を返し。潔はいないかとキョロキョロ辺りを見渡す乙夜を、玲王は鼻で笑った。
「アイツ?ないだろ。頑固で冷たくて、三年間連絡も寄越さない様な女だぞ。やめとけ」
「でもそれはお前の事が嫌いだった訳じゃなくて?」
「……は?」
「こき使われて嫌だったんじゃないの?」
「……な訳ねぇだろ、抜かせよバカ」
乙夜との会話で少し機嫌が悪い様子の玲王だったが、その発言によって更に声のトーンを下げる。急降下していく彼のテンションに雪宮や烏をはじめ、周囲はハラハラとしながら見守っていた。そんな中、玲王は自分の手をギュッと握り締め、俯く。
「………嫌いじゃ、ないだろ」
好きに決まっているとは言わずに、嫌いではないと保身に走る。こうは言っているが彼もその実、自信が無いのだろう。機嫌が悪くなったり、気分が沈んだりと感情が忙しい男に一同はほんの少し面倒臭さを感じた。
「玲王」
「…なんだよ凪」
「めんどくさいよ」
「言った」
「言ったやんコイツ」
「凪…デリバリーがないぞ…!玲王が可哀想だ!」
「デリカシーな」
「さっきから眼中にない、興味ないって言っといてめちゃくちゃ気にしてんじゃん」
「…してねぇし」
「してるよ。あの子にだけちょっと当たり強いし、子供みたいな態度とって可哀そ」
「……っ凪くん一旦ストップしようか!?」
捲し立てる様に正論を並べる凪を急いで制止する。自分が蒔いた種でこんな空気になってしまった事を反省しているのか、雪宮は申し訳なさそうに場を取り持つ。
「ごめんごめん、やっぱその話大丈夫だよ。玲王くんも話し辛いみたいだし」
「世一ちゃんの婆ちゃんが御影の元メイド長って言ってたっけ?」
「あのさぁ」
底へ沈めた話題をすぐさま掘り返す乙夜に雪宮もうんざりとした声を上げる。彼の後頭部を軽く叩けば、思ってもいない感情の無い声で『いた〜』と主張した。玲王は乙夜をじっと一瞥し、それからポツポツと話し始めた。
「そう。世一のお婆さんがうちのメイド長」
「ばあやさんじゃないの?」
「あれは専属のお付きの人。執事的な?社長秘書と部長は違うだろ?」
「あー、たしかに」
「潔のお婆さんはうちの使用人を取りまとめる偉い人。御影の家の人間の事はそうなんだけど、それよりも家の事を何でも知ってる人。どこに何があるかとか、うちの資産の事とか」
「俺達としては使用人って言う存在から異質だけどね…」
創造以上の規模感に雪宮が辟易した様な声を上げる。それからと玲王は過去を思い返すために斜めを向いた。
「世一と俺は五歳からの知り合いな。元々は世一のご両親が泊まりの用事があって、お婆さん家に預けられて家に留守番させる訳にもいかないからって職場に連れて来られたみたいだぜ。アイツが言ってた。で、一緒に遊んだわけ。そんで仲良くなったって事」
「幼馴染みだ」
「だからそう言ってんだろ、俺は。アイツがどうかは知らねぇけどな」
知らないと突き放す玲王の声は少し刺々しく。機嫌の悪そうな低い声に一同苦笑いを浮かべる。
「で、そこから世一は長期休みの時とか…夏休みとか春休みな?その時に小遣い稼ぎでよくうちでアルバイトしてた。まあ、つってもアイツのお婆さんから小遣いとして出るから、御影からは支払ってねぇけど。親も玲王と同じ歳の友達が近くにいたら嬉しいよねって、世一の事歓迎しててさ」
「なんや、お前の親、もっと融通効かんタイプやと思ったわ。平民がどうこうとか」
「そりゃ結婚相手については結構言われてるけど、別に友達まで指図する程野暮じゃねぇよ。それに御影が信頼するメイド長の孫娘だし、こっちとしても無碍には出来ない」
そうかそうかと頷いて。玲王の説明に納得するが。凪は眠たそうな目をパチパチと瞬きし、変わらぬのんびりとした声で問い掛ける。
「五歳から一緒の割には距離感あったね」
「……それは俺が知りてぇよ」
「嫌われてんの?」
「…嫌われてない」
「でも三年会ってないんだよね〜?」
凪に続いて乙夜の横槍に玲王はうんざりとした様な表情を見せる。それから頬杖を突いて長い溜息を吐いた。
「俺が知りてぇって。だってそうされる心当たりなんか俺にはねぇし」
「知らず知らずのうちにやらかしてんじゃない?玲王も失敗する事あるんだね」
「してねぇって!失敗してねぇし、嫌われてねぇ!」
「でも玲王くんって割と口悪いし、失礼でデリカシーのない言動は意外としてるからね」
雪宮の何気無い一言に玲王は彼を二度見して。『まさかな…』と首を捻って否定して、それでも何だか何かをやっている様な気がしてしまって挙動不審になる。自分の過去の振る舞いを思い出すために目線を下にやる玲王に、全員が『多少は心当たりがあるんだな』と思った。
「謝っといた方が良いんじゃない?」
「……具体的な事が分からないのにか?」
「心当たりはあるんでしょ」
「………ない」
「ある間やんけそれは」
あると言えばある様な、でも詳しくは全く思い出せなくて。唸る玲王と騒ぎ立てる周囲で盛り上がっていると。食堂のドアがパタリと開いて、タブレットを胸に抱いた潔が入ってきた。
じゃれ合う様にして騒いでいた玲王達のテーブルは彼女の姿を見た瞬間、全員がすぐに黙った。突然口を閉じてこちらを伺う男達の視線に居心地悪そうに眉を下げながらも、潔はキョロキョロと辺りを見渡した。
「誰か探してんのー?」
乙夜が声を掛けると潔はピクリと肩を揺らし、それからコクリと頷く。ブルーロックでは勿論出会う事のない女の子が入って来たのだから、玲王のグループ以外にも食堂のドアの方を気にし始めて、食堂全体に少しソワソワした空気が漂った。その空気に動揺しながらも、潔はパタパタと千切の元へ向かった。
「千切さん」
「ん?おれ?」
「うん。スーツが計測してる数値をタブレットで見てたんだけど、ちょっと足の筋肉強張ってるっていうか、張ってる感じがしたから心配で。千切の場合は怪我の事もあるし。足の具合はどうですか?」
「あー…んー…確かに疲れてる感じはするぜ。まあ、練習の後だし」
「うんうん。何かあったら言ってくださいね。医務室に氷嚢とかあるし、私も軽いマッサージくらいは出来るので」
マッサージが出来ると言う言葉に千切は黙った。そして周囲も少しシンとした。それから少し考えた後、千切は小さく手を挙げる。
「マッサージ頼めばしてくれんの?」
「おいコラお前待てや!」
「し、知り合ったばっかの女子に何言ってんだお嬢!」
「だってしてくれるって言うから、受けたいだろマッサージ」
「女子からの、でしょー?」
「女子からの」
「ほらー!」
五十嵐と雷市の制止も気にせず、欲を言葉にする。悪ふざけか、本心か、それは分からないが面倒で少し品の無い男子のノリに潔も苦笑を浮かべた。やり取りに困り果てて黙ってしまう彼女を千切や五十嵐らから庇う様にして立ったのは玲王だった。
「世一にいらんちょっかいかけんな」
「いやお前ソイツに大分拒否られてたじゃん」
「拒否られてはねぇよ…!…だよな?」
「…えっ!あ、きょ、拒否ってはない…」
勢い良く否定したくせにどこか自信なさげな玲王と焦った様に訂正する潔。二人は顔を見合わせた。少し安心した様に表情を緩める玲王に釣られたのか、潔も口角を緩める。穏やかな空気が二人の間に流れる中、今がチャンスだとばかりに玲王は言葉を続けた。
「つかお前ケアとかにも詳しいんだな!」
「え、ああ、うん!絵心さんのところで勉強したから…」
玲王の振りに砕けた口調で答える。それにすぐ気付いた潔は急いで口を押さえた。口を押さえたところで言ってしまった言葉を消す事は出来ないのだが、彼女はやってしまったと言う様な表情を見せてキュッと口を閉じる。
「別に黙んなくても良いだろ」
「………す、すみません…」
「…また戻った。さっき普通に話してくれたのに」
「わ、忘れてください…」
「だから何で敬語なんだよ。俺にそんなん使った事ないだろ」
「……」
玲王の追求に潔はやはり黙る。それにイライラして、彼はさらに強い口調で責め立てるけれど。その様子を間近で見ていた千切が言った。
「そう言うとこじゃね?」
「あ?」
「向こうのテーブルの話聞こえてたけど、そういうとこ。潔の態度がつれないのはお前のそう言うとこが嫌になっただけじゃねぇの?」
「わぁ、ちぎりん容赦な〜い」
同じテーブルで食事をしていた蜂楽でさえ、千切の素直な言葉に驚いている。言葉を受けた玲王はその場で静止し、立ち尽くす。その様子を見た潔が『そう言うわけじゃ』と否定しようとしたが、おずおずと口を開いた玲王に遮られた。
「………俺の、そう言うところが前から嫌だったら、謝る。…ごめん…」
「いや、あの」
「…俺らの仲じゃん。五歳からの付き合いだし、嫌な事あったら遠慮なく言って大丈夫だから…」
「潔さんの自己紹介の時、所詮メイドだ使用人だって言ってたくせに〜?」
誰からか聞こえる野獣に玲王はパッと顔を上げる。『所詮とは言ってねぇわ!』と誰かに叫んで答え、だが心当たりはあるからか取り繕う様に言い訳をした。
「…それは、あの時は、その、…俺もちょっと見栄張っちゃって、ああ言う言葉しか出てこなかったけど!お、お前の事はホント、俺大切に思ってるし、特別、だし!別に世一の事メイドだとか言って見下した事なんて一度だって無いから…!俺ら対等だし、マジで、なんか、俺に不満とかあれば直すようにはするし…!こ、こんな事言うのだって世一にだけだしっ…!」
「彼氏なん?」
何だかただの友達とは思えない様な雰囲気で、そんな言葉を羅列して。メイド服の女の子の前で見苦しく足掻く玲王は面白くもダサい。食堂で繰り広げられるちょっとした喜劇に、その場の全員の視線が向くのは必然的だった。
「あ、あの、謝らないでください…」
満を持して発した彼女の言葉に玲王は俯いていた顔を上げて。潔を見るとどこか気まずそうに彼から目を逸らした。
「…そういうのではないので、玲王様は悪くなくて」
「ちょ、お、俺はお前に玲王様とか言われたくな」
「なので、えっと、…ご、ごめんなさいっ!」
そうして踵を返し、スカートを翻し、駆け足で食堂を飛び出していく。残された玲王は呆然と食堂のドアの方を見つめ、それからふらりとよろけた。
「……あー、玲王振られたな」
千切の呟きにダメージを受け、テーブルに肘を付く。喋る気力すら失せて黙りこくる男に間髪入れず、凪から追撃が来る。
「玲王が好きな子に必死なのも初めて見たし、女の子に振られてるところも初めて見た」
『好きな子に必死なのは俺達からすれば毎日見てるけど』と凪以外の者はもれなく全員思ったが。凪や千切のストレートパンチと、全員からの同情の視線に耐え切れず玲王の涙腺は緩やかに崩壊してしまった。
「…っぐ、…べつに、振られてねぇからー!」
好きな子という部分を否定しなかったのは、無意識なのか意識的なのか、誰にも判断はつかない。

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