明くる日のスカート

指定されたカフェで人を待つ。本当はこんな事、真面目に構っている必要なんてないし、放ったまま相手にしなくても良いのだけど。今から来るはずの彼女に罪はないから、無碍にも出来なかった。
この社会、特に日本というものは自分と少しでも違った暁には排斥しようと多数が一丸となるシステムになっていて。マイノリティが静かであればあるほど、何をしても良いと権利を蔑ろにされてしまう様だった。
人が感じられない何かを感じられたり、チームスポーツなのに個人技の動きをしていたり、蜂楽は多数に属していない。だが本人が他者に対してあまり関心がないため、一人でいる事に対しての問題はないけれど。関心がないからこそ何を言われても特に何も言わずに適当に笑っているだけの対応が、彼の権利を蔑ろにして良いと認識されるに至るものとなっていたのだ。
だから蜂楽は今、こうしてカフェオレを飲みながら人を待っている。彼を揶揄うために、自分を疎ましく思うサークルの人間がわざわざ手配したものだった。彼への嫌がらせのため、彼の名前でレンタル彼女を借りた。
(困ったな、金額も俺持ち…っていうかそれが狙いなんだろうな)
そりゃあ人を派遣してもらうのだから、金額は安くはない。必要な人が頼めば順当な値段なのかもしれないが、レンタル彼女なんて必要のない蜂楽には高額としか思えなかった。
(当日キャンセルとかって出来るのかな…キャンセル料、倍取られたらどうしよっかなぁ)
来てくれた人とそのまま遊ぶなんて気分でもなくて。どう断れば穏便に済むのか、キャンセル料はどれくらいかと考える。
(俺は、ただ俺のサッカーをしているだけなのに)
どうしてここまで迷惑を被らなければならないのか。彼らの大切な人を害した訳でもなんでもないのに。単純か複雑か、どちらにせよとにかく面倒な人間の心なんて蜂楽には到底分からず、息を吐いた。悲しい、別に泣いたりはしないけれど。
蜂楽はまだ少し熱いカフェオレに口を付ける。こんな所で飲むやたらと高いカフェオレより、自分で作る蜂蜜たっぷりのハニーカフェオレの方が美味しいのに。対して甘くないそれに気分が更に憂鬱になっている所で、傍らに人の気配がした。自分に覆い被さる様に影が掛かって、蜂楽は顔を上げる。
「めぐるくん?」
「……あ」
おそらく彼女が、例の人だ。名前を『鈴木よう』と言ったはずだと蜂楽は一応事前に入れておいた情報を思い起こす。『どうも…』なんて歯切れの悪い返事をする彼に特別反応するでもなく、彼女は記憶の通りの名前を名乗った。
「鈴木ようです!蜂楽廻くんでお間違いないですか?」
「あー、ウン」
「本日はありがとうございます。六時間、手繋ぎオプションありでお間違えないですか?」
「………っあの、その事、なんですけど」
実はこれがサークル仲間の悪ふざけで予約されてしまった事、それを今日の朝知らされてネットからのキャンセルができなかった事を素直に伝える。正直、今からキャンセル出来ないかこんな要望が通るとは思えないけれど、このまま割り切ってデートをする事も出来なかった。
案の定、彼女は困った様な表情をしている。着いて早々、想定外の申し出に首を捻るばかりだ。
「…うーん……そっか………」
「いや、ホントは割り切って一緒に遊んじゃえば良いんだろうけど…なんだろうなぁ、そう言う気分でもなくてね〜」
「いや、そりゃそうだよね…。そっか、だから手渡し決済なんだ」
「手渡し決済?」
「うち、基本的には前日までに振り込みでの支払いを推奨してるんだけど、どうしても出来ないお客様に限って当日の手渡しによる支払いをオッケーしてるんだ。でもそう言う人って少ない…って言うか最早いないからさ、今日当日手渡しでって言われて何でだろって思ってたんだけど、そっか〜…ひどいね」
非常に気の毒そうな顔で蜂楽を見る。蜂楽としてはこんな事に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「じゃあ、分かりました。キャンセルしましょう。理由話せば多分、店長も分かってくれるだろうし」
「…!ありがとう!」
「うん。ただキャンセル料だけ…いただけますか?…その話を聞いて貴方に頼むのはなんだか申し訳ないけれど…」
本当に勝手に頼まれたサービスのキャンセル料なんて払う必要ないのだが。そんな事目の前の彼女に言ったって意味がないし、提示された金額はまだまだマシなもので。忙しい合間の縫って予定を空けたであろう彼女の時間を無駄にしてしまった謝礼金だと思えば、安いものなのかもしれない。
支払いをしようと蜂楽は鞄の中を探す。サッカーをするための道具も詰まった大きなバッグを開けて、ものを掻き分けるように漁っていた。そんな蜂楽の鞄の中が少し見えてしまった彼女は不意に『あ』と短く声を上げる。
「スポーツやってるの?」
「あ、うん。一応ね」
「…あ、ごめん。ちょっと鞄の中身見えちゃって思わず。私もスポーツしてたから」
「え、何の?」
「サッカー」
蜂楽は思わず顔を上げた。確かに言われてみれば足がしっかりしているなんて彼女の下半身に露骨に目をやれば、彼女はジリジリと後退る。
「…あんま見んなよ、足」
「確かに、しっかりしてるね。スポーツマンの足」
「…スカートに合わないって言いたいの?」
彼女が履いているのは膝より少し下のフレアスカート。脹脛の部分が隠れ切らない、そんな丈だ。長くはないが、短くもない絶妙なラインが上品さを醸し出す。
そこから覗く筋肉の付いた足は別段太いと言う訳ではなくて。おそらく正しい運動をして美しく逞しく育った正しい筋肉なのだろう。見苦しいどころか同じスポーツマンとして惚れ惚れしてしまう様なラインに蜂楽も思わず『めっちゃ良いじゃん…!』と褒めてしまう。
「てか実は俺もサッカーしてんの。大学で」
「体育会?」
「んーん。あくまでもサークル」
大会か何かに出て本気になれる様な環境ではない。対して蜂楽はサッカーに真剣に向き合おうとしていたけれど、彼の情熱に誰も着いてくる事はなくて。彼が孤立したのは周囲との温度感が違った事も原因だった。
「…俺は大好きなのにな、サッカーの事。でも皆はお酒の方が好きみたいでさ」
「あ…わ、分かる…その気持ち……他の人と持ってる熱量が違うから自分だけ取り残されたみたいな感覚になるの。本当は私と同じ場所になんか来てなくて、私だけがその先へ走ってっただけなのにね」
「…!そう!」
彼女が言語化した感覚は確かに覚えがある。そして同時に彼女も自分と同じ孤独や寂しさを抱いているのだと気付いた。自分と似た様な人が目の前に、なんてそれはあまりにも出来すぎた話だ。今日、仕向けられた出会いが実は必然的なものだったと疑うくらい。
「……ね、ね、良かったらさ、キャンセルしないでこのまま私の事レンタルしない?」
「え」
「やろーぜ、サッカー。六時間ぶっ通し!」
バカみたいな提案だ。まるで小学生みたいな話に蜂楽はキョトンとして、それから吹き出す。レンタル彼女とは思えない突飛な提案に一頻り笑って、ちょっとだけ恥ずかしそうにモジモジしている彼女に『良いね』と親指を立てる。
「面白そー、良いね。その営業、ノったげる」
「…うん、よし!じゃあ善は急げだよ!この間にもサッカーする時間減っちゃうからもう行こう!」
「あ、待ってカフェオレだけ飲む」
ごくごくごくと喉を動かし、カフェオレを流し込む。本当は何を言われても断る気満々でいたけれど、今はこの目の前の女が気になって仕方がない。こんなに可愛い格好で、こんな仕事をしていながら六時間のサッカーに喜ぶ不思議な彼女は一体誰なのか。そう言う疑問も全部、きっと彼女から放たれたボールが教えてくれると信じて空になったティーカップを置いた。
たった二人だけで借りられるようなコートなどない。だからわざわざ広い公園を調べてそこへ向かった。
スカートのまま運動なんてさせる訳にもいかなくて、近くの古着屋でズボン買おうかと提案するも、彼女は大丈夫と手を振った。向かうまでの道で彼女は下ろしていた髪をゴムで括る。準備もやる気も万端の様だ。そこら辺の店で安いボールを購入し、公園に向かった。小さな子供が走り回る端で足元にボールを置く。
「…ホントにスカートで大丈夫?」
「大丈夫!靴はスニーカーだし」
「……い、いくよ?」
彼女を心配しつつも、蜂楽は置いたボールを足に乗せる。トントンと軽くボールを弾ませてリフティングをした。それからちょっとだけ意地悪をして少し高めにパスを出す。相手の力量を測ろうと言う意図で出したパスは空中で緩く軌道を描いて飛んでいく。もしかしたら高いパスに困ってしまうかもなと思いながら彼女を見ていた。
彼女は半歩後ろに下がって位置を調節し、それから飛んできたボールを胸でトラップする。上手くボールの勢いを殺して、こちらに見せつける様に器用なリフティングを続けた。そして一等高く上げたボールがストンと落ちて来るその途中で強い勢いの良いパスを出す。まるでシュートの様なそれは鋭く風を切って、蜂楽の胸元へ真っ直ぐに飛んできた。
「うおっ!」
何とか受け止めるが胸に少し、ジンと痛みが滲む。それなりに容赦無く蹴ってきた彼女をジトリと睨めば、彼女は悪戯に笑った。
「ちょっとナメたでしょ」
「あー…ごめん」
「そりゃ男女の身体能力の差とかはあると思うけどさ、廻くんが思ってるより私のサッカーやってるってガチだから」
「うん。今思い知らされた」
その場しのぎのお世辞でも何でもない、本当の経験者なのだろう。滑らかなボール捌きがその証明だった。
蜂楽は彼女を見る目を変える。クリスマスプレゼントに期待する子供みたいなキラキラした目で彼女を見るものだから、彼女も思わず顔を柔らかく綻ばせた。
どうにも素人とは思えない高度なパス回しで戯れていると、魔法の様なボール捌きに釣られて集まってきた子供も混ぜて皆でサッカーなんかして。親に手を引かれ、帰っていく子供を見ながら彼女も『帰ろうか』と蜂楽の手を握った。
「…オプションなのに手全然繋げてないね、ごめん」
「いや、サッカーしてたら繋げないよ」
「…それもそっか。じゃあ今繋ご今」
「繋いでるじゃん」
あと少しで解散なんて時間に勝手に組み込まれていたオプション分を消費しようだなんて何だか金銭的には損した様な気分だけど。散々サッカーをやって彼女の綺麗なスニーカーを汚してしまったから、申し訳ないと言う気持ち分の出費だと思えば、何となく納得出来るような気がした。
その場を盛り上げようと楽しそうに話す彼女。蜂楽はそんな彼女の話がひと段落した所で、ふと、質問をした。
「…ねぇ、サッカーってまだしてるの?」
「………今は、してない」
「……そっか」
どうしてしていないのか、そう聞こうと思って止める。お金で繋がった関係である以上、そこは聞きすぎではないかと踏み止まった。だが彼女はチラリと蜂楽を伺って、自ら話し始める。
「高校までは本気でプロ目指してたんだけどね〜、大学で辞めちゃった」
「…怪我?」
「ううん。普通にしんどくなって。何かね、温度差って言うか。朝にも廻くんにちょっと言ったけど、私だけ本気の環境が嫌になって辞めた、サークル」
「プロは目指さなかったの?クラブチームとか」
「私には無理だよ〜。お母さん達は好きな事何でもして良いって言ってはいるけど、実際に行動は出来なかったし。もしプロになって、何も残せなかったら私の引退後って職歴のない夢追い人でしょ。そんなんじゃ就職も難しいと思うし、私にはちょっとリスクが大きすぎたな〜」
それは概ね自分にも心当たりがあって。彼が大学ではなく外部チームに所属しなかったのは、もうどこに行った所で同じサッカーしか出来ないという諦めがあったからだ。思い通りにいかない日々を過ごし、こうしてサッカーに対する貪欲さを擦り減らしていった蜂楽は、全てを諦めて社会に紛れる事を選んだ。女手一つで彼を育てた彼の母は、彼の顔を見るたびに何が言いたげな顔をしていたけれど実際に何かを言ってくる事はなかった。
気持ちがズンと重たくなって蜂楽は俯く。彼女みたいにもういっそサークルも辞めてしまおうかと迷う中、彼女は『でもね』と言葉を続けた。
「廻くんとのサッカーは、なんかめっちゃ楽しかった!久しぶりに楽しいって思えた」
「お、俺も!鈴木さん、サッカーめっちゃ上手いし!しかも男の俺について来れるなんて相当でしょ」
「…もう、『よう』で良いってば。廻くん、ドリブルエグいね!何度も抜かれて私もついムキになっちゃった」
「へへー、ドリブルでは俺には勝てないと思うよ〜?何せドリブルで千葉から大阪まで行ったんだから!」
「…えっ!?どういう事?」
過去の出来事を話して聞かせてあげれば、彼女は驚いたように目を丸くした。それからケラケラと笑って『凄い!』、『面白いね!』と手を叩く。
「…廻くん、めっちゃ面白いのにな。嫌がらせする人たちは貴方の良さを分かってないんだね」
「…分かってもらってもね」
「まあ、分かってもらう必要もないか、そんな人達」
今回の件に関しては彼女も少し憤ってくれてはいるようで。まあ確かに、結果的には支払う事になったものの、自分の売上にも関わるような事なのだから何かしらの思いは持っていてもおかしくはないだろう。
「貴方のサッカー、私好きだよ。良いパスくれるもん。…もし私が男で、貴方とチームメイトだったら良かったのにな。どんな事だって出来ちゃいそう」
「俺も君がチームメイトだったらサッカー、もっと楽しかったのかも」
「………うん、本当に、そう思う」
電車の速度が落ちて行く。目的の駅に停車し、パッとドアが開いた。何かを言おうとしていた彼女だったが、急いで立ち上がり、蜂楽の手を引いた。
今日という日は近年でも一番だと言えるくらい楽しい日で。だが自分達は本来の知り合いなんかじゃなくて、売買の関係に過ぎない。こう言う仕事をする女性からプライベートの連絡先を聞くのは御法度だと、そう言った事に慣れない蜂楽でも何となく分かる。それにきっと彼女を恋しく思っても、もうこのサービスを頼む事はないだろうから自分達はこれできっぱり終わりだ。
改札を出て、彼女と手を離す。それから『代金、良いですか?』と事務的に話す彼女に手渡そうと財布を開いた。現金が足りなければ彼女にも一緒に銀行について来てもらって、そこで引き落として渡せば良いやとお金を探す。ちょうど一万円札が複数枚あり、今回の値段分を財布から抜こうとするも、彼女がその手を止めた。それから一万と五千円だけ抜き取って鞄にしまう。
「いい、これで。サービスね」
「いや、それじゃあ全然払えてないけど」
「嫌がらせで勝手に登録されて、その気もなかったのに今日来てくれて、それでもこんな楽しい思いさせてくれたから、これで良いの」
「残りの分は?」
「………払ってもらったみたいに見せかけて私から出しとく」
「いやいや、そう言う訳には」
「私が出しても結局は私に帰ってくるお金だから大丈夫!」
『だからこれで支払いオッケー!』と言って親指と人差し指で丸を作る。申し訳無いし、楽しませてもらったのは自分も同じだから払うと言っても彼女は聞かなくて。最終的に折れたのは蜂楽だった。ちょっとだけ疲れたみたいに『分かったよ』と言うと、彼女は満足そうにニコニコと笑う。
「じゃあ、……今日はありがとうございました」
「うん。…私こそ」
蜂楽は片手を上げる。『それじゃあ』と手を振り、彼女の視線を受けながら一人、帰ろうとした。だがそんな蜂楽の背中から『やっぱ待って!』と声がして、手がギュッと握られる。
「今日すごく楽しくて、私、こんなに楽しいサッカーしたの久しぶりで」
「あ、うん」
「だから、…め、廻くんさえよければ、今度はプライベートで、友達としてサッカーしませんか?…でも女相手は嫌、かな。良かったら連絡先、ぷ、プライベートのやつ、交換したいんだけど」
「俺は、良いけど…」
大丈夫なの?お店的に。規則的に。そう問えば彼女は困ったように眉を下げて誤魔化すみたいに笑った。もしかしたらそんなに大丈夫ではないのかもしれない。彼女を何かしらの危険に晒す訳にもいかなかった。気の合う友人が増えるのは嬉しい事だったが、そうならば頷く事は出来ない。迷っていると彼女は悲しげな顔で小首を傾げる。
「…ダメですか?廻くんと、また会いたい」
「………そう言う営業?」
あまりのあざとい仕草に思わずそう溢すと。彼女は身体を硬直させ、傷付いたような表情を見せた。それから少しの間黙って、『そうだよね…』と泣きそうな声で呟くと取り繕う様に笑う。振り絞った声は震えていて、もしかしたらこれは本心なのかもと動揺する。
「ご、ごめん。…うん、ちょっと都合が良過ぎた。ごめん。信じて、もらえないよね」
「あ、えっと…」
「良いの、気にしないでよ」
「あ、いや、違くて…!まさか、こんな簡単にこう言う仕事をしてる子と繋がれるとは思ってなくて、びっくりしてるって言うか、都合が良すぎるし、話として出来過ぎだよなって思ってるだけで…」
「……私は、そう言うのじゃなくて、ただ楽しいサッカーがしたいだけなの」
まるでボールが踊るみたいな。生きているみたいに跳ね回っている様な。そんなサッカーがしたくて、そう言っただけだと呟いた。彼女に利益だとかリピートだとか、もうそんなものは関係ない。ただ自分のサッカーのために蜂楽を求めている。
その想いが伝わって来て、蜂楽はポケットに入れた携帯を取り出す。それからラインを開いてQRコードの画面を出した。
「こ、これ、俺の!」
「……!良いの?」
「…お店にはバレないようにしてよ」
万が一バレたら、自分もお金を請求されてしまう可能性があるから。彼女に伝えると『気をつけるね』と真面目な顔をして、ラインを確認する。それから追加したと声を上げて嬉しそうに破顔する。
「私、潔世一って言います!もしまたリピくれる時は『鈴木よう』の方使って欲しいけど、プライベートでは絶対こっちね!潔って呼んで!」
「うん。分かった」
「…私も…友達だから名前、蜂楽って呼ぶ」
「名字?」
「その方が気楽で呼びやすいから」
別に拒否する理由もないので何も言わない。試しに『潔』と呼んでみると彼女は嬉しそうに目を細めた。
「蜂楽!」
彼女、潔は蜂楽の指の間に指を絡めて握った。彼の事を逃げられないようにして、それから顔を近付けて囁く。
「ほんとに嬉しい!信じてくれてありがと…!これからよろしくね蜂楽」
彼女がスルリと離れて行く。それから潔は可愛い笑顔を浮かべて『バイバイ、廻くん』と手を振る。現在の関係は鈴木ようと蜂楽廻のため、律儀にそれを終わらせようとしているのだろう。蜂楽も彼女をレンタルした人間として終わらせようと手を振り返した。
スカートを翻し、人混みに紛れる。そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、蜂楽は優しく笑みを浮かべる。最後に握った柔らかな手の感触が、掌にまだ残っている様なそんな感覚がしてギュッと手を握り締めた。

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