多分ここまでが茶番

「伏黒ってカッコいいんだよ〜。優しいんだぁ。めっちゃエスコートしてくれて、重い荷物も持ってくれるの。あとあと、意外とお礼とかごめんなさいとか言ってくれるから嬉しいんだ〜!」
また始まったと釘崎は呆れ顔だ。一人であったなら確実に白目を剥いていたがいかんせん、すぐ近くには五条がいる。白目を剥くでもなく、舌打ちするでもなく、中指を立てるでもない、ただの呆れ顔に留めた事を誰でもいいから褒めて欲しいと思った。
虎杖がそんな事を言ったのも今、伏黒は用を足しにトイレへ行っているからだ。虎杖は別に本人がいようがいまいが平気でその様な事を口走るが、伏黒は非常に照れる。肌が真っ白な分、顔から耳まで真っ赤にして黙り込んでしまうのだ。それはもう見ているこちらが何故だか恥ずかしくなってくるくらいで、釘崎は伏黒の前で伏黒を褒めるのはやめておけと制止した。
虎杖は伏黒を褒めに褒める。それは最早惚気で、釘崎からすれば非常にくだらない、時間の無駄であった。そんな話を聞いている暇があるのなら釘崎はZOZOのアプリを覗きたい。セール品の中から自分好みの服を探したかった。しかしこれでも一応、任務の最中なのだ。控えようと息を吐いた。
「伏黒って理想の彼氏じゃない?」
伏黒を褒めた後の言葉は決まってこれだった。伏黒は理想の彼氏だ。釘崎的には『オマエら付き合えよ』と大きな声でヤジを入れてやりたい気分だったがそんな事はしなかった。釘崎は馬に蹴られる様な事を自らしに行く程愚鈍ではなかった。
いつもならば釘崎が『あーそうね』と全く聞いていない適当な相槌を打って、話に満足した虎杖が別の話題へ転換する。彼女はただ積りに積もった伏黒への感情を発散したいだけであって共感や同意を求めている訳ではなかった。
しかし今回は違った。ハンカチで手を拭きながらトイレから出て来た伏黒は偶然、その会話を聞いてしまったのだ。伏黒は目を見開き、握っていたハンカチを落とした。
「伏黒おかえり〜!」
っお、お」
挙動不審な伏黒はハッとして平静を取り戻す。そして何かを考える仕草を見せ、顔を上げた。
「俺の事かっこいいと思ってんのか?」
「ん?うん。」
「オマエの理想の彼氏なのか俺は?」
「んー?いや、ちょっとちが
「それなら俺の事、彼氏にしてみないか?」
虚空を眺めていた釘崎は凄い勢いで首を向け、壁に寄り掛かっていた五条は背を浮かせた。伏黒らしくない、伏黒の爆弾発言に二人は驚きを隠せなかった。そんな中、虎杖だけは先程と何も変わらずヘラヘラと笑う。『えー?』と間延びした声を上げた。
「それはいいや」
「えっ」
「悠仁うそ
「は?」
伏黒は予想外の返答に絶句した。五条と釘崎も思わず声を上げてしまう。虎杖は困ったなぁとでも言いたげな顔をして頬を掻いていた。
「あたしには勿体無いなぁ。伏黒カッコいいから。」
ヴ」
何そのまさに蛙が潰れた様な声。」
「さしずめ素直な嬉しさと振られた悲しさに挟まれて絞り出された限界の声ね。」
「それにあたし死んじゃうからなぁ。」
それを聞いた途端、虎杖以外の全員が静まり返った。こんな時にそんな事言うかと釘崎は眉を顰め、五条は虎杖を嗜めようと口を開く。だがそんな二人をよそに伏黒が啖呵を切った。
「死ぬって分かってる状況じゃ彼氏の一人もまともに作ろうとしねぇよなオマエ。でもドラマ見ながら恋したいなって呟いてたしそう言う事したいとは思ってんだろ。なら俺で良くね?オマエにとって俺は理想なら異論ないだろ。」
「恵が強引に押し切ろうとしている
「アイツあんなにハート強かったか?」
「オマエの荷物なら幾らでも持ってやるしオマエの行きたい所、どこへでも連れてってくれて構わない。感謝も謝罪も忘れねぇしオマエの我儘何でも聞いてやる。泣かせねぇしこれからオマエを守れるくらい強くなってみせるから付き合うぞ。」
怒号の勢いに唖然とするばかりだ。付き合って欲しいと手を出すのではなく、まるで決定事項かの様に言う。釘崎は呆れ顔で五条はクスクスと笑っている。後に引けなくなった伏黒が覚悟を決めた表情を見せる中、虎杖はほんのりと顔を赤らめて笑っていた。
「えー、どうしよー」
困った様な声を上げるが、実際彼女は満更でも無さそうだ。釘崎は溜息を吐いた。くだらない。呆れた。鬱陶しさを隠す事なく釘崎は目を逸らした。五条はそんな二人を見て青いなぁと微笑んでいた。

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