不変のあなたと天翔く恋

俺の近所にはお姉さんがいた。多分、中学生だと思う。キラキラで綺麗な金色の髪の毛をしていて、海みたいな青色の目を持っていた。外国人なのかなと思ったら彼女の名前は花垣武道と言うらしい。凄く女の子らしい姿をしているのに、凄く男の子らしい名前だと思った。
学校が休みの日、タケミチはよく一緒に遊んでくれた。元々群れるのが嫌いでクラスに馴染めなかった俺の遊び相手になってくれた。タケミチはいつも真っ白なシャツと短いスカートの制服姿をしている。どうして休みの日まで学校の制服を着ているのと聞けば、『え、うそ、そんなもんじゃないの?』と逆に聞き返されてしまった。そんなもんって何だろう。
タケミチと公園で遊ぶのが好きだった。休みの日なのに人が全くいない静かな公園で、全力でブランコを漕いだり滑り台の滑る部分から上に上がったりする。その中でも二人でジャングルジムの上に登って空を見上げるのが一番好きだった。それはタケミチも同じみたいでタケミチは空を見上げて笑っていた。タケミチの目は空と同じ色をしていた。
「タケミチはなんでジャングルジムが好きなの?」
「カクちゃんは?」
「だって、高い所好きだから。空がきれい」
「うん、私も空が好き!空が近ければ近い程嬉しい!」
「なんで嬉しいの?」
「ふふ、カクちゃんは『なんで星人』だね」
足をぶらぶらと揺らしてにこりと笑った。貧乏揺すりってダメなんだよと言えば、『私は良いの』と頭を撫でて来た。
「タケミチは彼氏いるの?」
「おお〜!カクちゃんはおませさんだ」
「いる?」
「さあ、カクちゃんの好きな様に解釈しても良いよ」
「かいしゃくってなに?」
「うーん…何だろう。考える事?要するにカクちゃんの好きな様に考えてね、想像してねって話」
タケミチは俺のほっぺに触り、抓る。どうしてそんな意地悪をするのと聞くと、『カクちゃんが可愛いからだよ〜』と言った。何だか赤ずきんに出てくる狼みたいな言葉だなと思った。
「ねえ、タケミチ、俺と付き合って」
「お、私の事、好きなんだ」
「うん!好きだから付き合うんでしょ?」
「それはちょっと違うかも。好きだけじゃなくて、二人がお互いに好きなら付き合えるんだよ」
「タケミチは俺の事好きじゃないの?」
「好きだけど…ちょっと違う」
「分かんない」
「分かんないな、そりゃそうだ」
吹いてくる風に髪が揺れた。タケミチは手で顔に掛かる髪を押さえる。
「うーん…まあ、もしカクちゃんがずっと私の事を好きでいてくれるなら付き合っても良い」
「本当?どうすれば良いの?」
「何があっても、何を知っても私の事を好きでいてくれる事」
「俺、出来るよ!」
「本当に?泣き虫カクちゃんが?その秘密がお化けみたいに怖くても?」
「お化けなんか怖くない!」
「威勢がいいね!」
タケミチは俺をジッと見た。そして目の前に小指を立てた手を出す。
「じゃあ約束ね!指切りしようか」
俺はタケミチの小指に自分の小指を絡めた。武道は『約束だよ』と同じ事を言う。俺を見つめる青い瞳が一瞬、キラリと光った気がした。

ドクンと心臓が鳴る。イザナに連れられ、渋谷に帰って来た俺は目を見開いた。彼女はいた。
下着が見えてしまいそうなミニスカートに真っ白なシャツを着た女の子。綺麗な金髪を風に靡かせながら彼女は振り返る。口元に薄く笑みを湛えた彼女の瞳は海の様に、空の様に真っ青だった。
「…タケミチ?」
にっこりと彼女は笑った。心臓が跳ね上がった。これは、何だろうか。多分トキメキとか、そう言うのではない。
タケミチは笑っていた。驚く事に、彼女はあの時と全く同じ背格好、全く同じ姿でそこに立って笑っていたのだ。
「…や、久しぶり、カクちゃん!」
あの時と全く同じ声でタケミチは微笑んだ。飄々と、変わらない笑顔をして片手を上げていた。彼女の青い瞳が光った様な気がした。
「そうだなぁ…何年ぶり?確か小学二年生の時に引っ越して行ったよね?だから…六年?」
「六…」
「あはは、何々?どうしたのそんな顔して。なんて言うのかな、こう言うの。鳩が豆鉄砲を食ったような顔?」
聞きたかった。沢山の事が聞きたかった。でも何から聞けばいいのか分からなかった。
「大きくなったね、カクちゃん!背丈はあるのに髪は無いや〜」
そんな彼女の冗談にすら笑えず、顔を引き攣らせた。タケミチはそんな俺を見てやはりくすくすと笑い、一歩、歩み寄ってくる。
「覚えてるのは君だけ。真一郎くんもワカくんも、誰も覚えてない。これ、全部私のせいなんだよね」
「おれ、だけ?」
「知りたい?私の秘密。空の彼方、そのまた奥深くの話」
彼女は俺の手を引いた。そして背伸びをし、突然の事に前のめりになった俺の耳元でそう囁いたのだった。耳から体中を駆け巡るその静かな声に全身が痺れる様な感覚を覚える。青い目を爛々と輝かせ、微笑んでいるタケミチに俺は頷く他選択肢がなかった。
「見て!ここ、六年前と変わらず人いないんだ。でも公園は超綺麗!誰が整備してるんだろうね。自治体?」
「…えっと…」
「ジャングルジム、登ろっか」
小さな頃、よく登っていたジャングルジムに二人で登る。一番高いところまで来て、腰を下ろした。ジャングルジムの一番高い場所は思っていたよりもずっと高く、眺めも良い。身体は大きくなれどもそれは変わらないのだと思った。
「カクちゃんの見える景色は昔とは違うのかな。私はなーんも変わんないけど」
「お前、何者なんだ」
「はは、直球だね」
「俺が八歳の時と同じ姿のまま同じ服を着て、同じ声で話すなんておかしい。…そんな事、人間には出来ない」
「そりゃあそうだよ。そんな事、地球人に出来たら私達との差別化が出来ないじゃんか」
「地球人…」
「私とは全く違う生命体。年を重ねるごとに姿が変わって、たかだか百年も行かずに死んじゃうの。私は面白いと思う。君達みたいな短命な生き物は、皆守りたくなる。短い一生をそれぞれ一生懸命に生きてるの、凄いよね」
彼女の言葉に悪意や皮肉はなかった。その声には好奇心と敬愛とその他諸々が含まれていた。非常に好意的だった。
「タケミチはどこから来たんだ」
「この空の向こう、ずっとずっと奥。太陽系を超えた先の宇宙に広がる、何光年も向こうの誰も知らない様な銀河の中の惑星。分かる?」
「…すげぇ遠い所ってくらいは」
「あはは!大正解じゃん!」
「そんな遠い所から何でわざわざ地球に………まさか地球侵略?」
「守りたいって言ってるのに侵略するの〜?とんでもないよ!」
「じゃあ何でだよ」
「カクちゃんは行動に対していちいち理由を付けていくタイプ?真面目だ。少しくらい肩の力抜いたって誰も怒らないよ」
ジャングルジムの上に座り、ぶらぶらと足を揺らした。変わらないその姿はあの頃よりもどこか不安定に思えて少しだけ怖さを感じた。
「何で制服なんだ」
「え?地球人に話しかけるにあたって、やっぱり自分の立場を予め示して警戒心を取っておかないと。その手段として学生服が便利だっただけだよ」
「…確かに」
「それに休みの日でも制服着てる子供なんかいっぱいいたよ?日によっていちいち服変えるとか面倒だからさ、衣服として自分の身分証明になって且つ一週間ずっと着てても疑問を持たれにくい制服を選んだの!」
「納得は、出来るかも………あのさ、…タケミチは、いつからその姿でいるんだ?」
「うーん…忘れた。忘れるくらい前から。私はね、東京で起きた大空襲を体験したし、オイルショックの混乱も見て来た。近い話で言えば、マイキーくんのお兄さんやワカくん達と同級生だった。そして私はカクちゃんの初恋のお姉さんだった」
「マイキーを知ってんのか?」
「マイキーくんは、私の友達!まあ、でも、天竺とマイキーくんの東卍の抗争?って言うのが終わったらそれも終わり。マイキーくん達は私の事なんかすっかり忘れてしまうよ」
「忘れるって何だよ」
「忘れるんだよ。私が記憶を消しちゃうの」
記憶を消すなんてSFものの様な話が本当にあるのか。しかし相手は六年間姿の変わらない謎の存在である。常識だとか、そんなものは通じない。
「な、何で記憶を消すんだよ」
「カクちゃんなら分かるでしょ。何年経っても姿の全く変わらない人間なんて、びっくりするじゃんか!」
「じゃあ何で俺は覚えてるんだ」
「私もね、同じ事をずっとやっていると退屈しちゃうの。カクちゃんだってそうでしょ?地球人と同じなんだよ」
「それは俺で遊んだって事?」
「ふふ、半分正解。好奇心が湧いちゃってさ、実際に地球人が六年経っても見た目の変わらない人型の何かを見たらどう反応を示すのか知りたくて。…もっと『わー!』とか『きゃー!』とか言って欲しかったんだよ」
「…あまりにも驚くとリアクションなんか出来ねーよ」
「そうなんだ。地球人って複雑だね」
そう言って笑うタケミチに眉を下げた。正直な所、彼女が宇宙人であると言う事実を信じたくない自分もいる。そのため、あまり地球人などと言わないでほしいのだがタケミチにはお構いなしだった。
「何その顔。怒ってる?困ってる?」
「どっちもだよ」
「怒らないで。ごめんね。でも全部面白半分でやってる訳じゃないよ」
タケミチが顔を覗き込み、見上げてくる。真っ青な瞳に綺麗な金髪と何だか見れば見るほど人外に見えてくるけれど、だとしても可愛かった。大きな目を細め、歯を見せて微笑む。
「カクちゃんの事、好きだからやってる」
「…え」
「カクちゃんに忘れられるの寂しいから、君の記憶だけは消さないでおいたの」
「…それは嘘か?」
「むー、カクちゃん酷いなぁ」
ぷっくりと頬を膨らませ、幼い表情を見せる。存外本気なのかと俺は焦る。先程から意味の分からない事ばかりで、完全に彼女を疑っていた。ふと見えた彼女の青い瞳の下半分が薄らと黒ずんでおり、俺は焦った様に声を荒げた。
「お前、目、黒っ…」
そう指摘すると彼女の瞳はスッと抜けていった。黒の濁りが消え、また綺麗な青色へと戻る。不思議な瞳に俺は目を丸くした。タケミチは目を凝視する俺に見られない様、顔を手で隠す。
「やっ、み、見ないで」
「…タケミチ?」
「恥ずかしいから見ないでって!」
顔を覆う手の隙間から泳ぐ目が見える。タケミチの瞳がほんのりと赤くなっていた。
「小さい頃からお前って、ずっと顔色変わんねぇの不思議に思ってたんだよ。照れ臭そうにしてても赤くなったりしねぇし。…それってさ、もしかしてその時の感情による顔色の変化ってお前の目に表れてる?」
「…あ、表れてない!」
「今は恥ずかしいのか」
「恥ずかしくない!」
タケミチの目は更に赤くなり、青に強く赤が滲む。アレキサンドライトの様な多色な瞳を見てニヤリと笑ってしまった。
「恥ずかしいんだな」
「違う!」
「赤色が恥ずかしかったり照れたりしてる色なら黒は何だ?」
「い、言うと思う?」
「…嘘って言われて怒ったから?」
「さあ?」
「それとも悲しかったのか?」
ぐるりと青い目の中に渦が巻いた。それが何の感情かは全く分からないが、何かしらの反応があったと言う事はタケミチは動揺していて、俺の言葉は存外合っていると思っても良い様に感じる。
「タケミチって分かりやすいんだな」
「分かりやすくないもん…」
弱々しい声を発して俯くタケミチの目には赤色が滲んでいた。眉もハの字に下がっており、目の色を見るまでもなく感情は推測出来る。
先程まであまりにも未知で恐ろしく感じていたタケミチだが、こうして見ると分かりやすく、感情豊かである。最初に感じていた恐ろしさはもう何処かへ消えて、今心の中にあるのは幼い頃と変わらない気持ちだった。子供心に感じていた甘酸っぱい感情が体内を蔓延っていく。
「変わってねぇなぁ」
「私は姿が変わらないタイプの生命体なので」
「いや、それもあるけど…やっぱタケミチだなと思ってな」
「…?それはどう言う意味?」
首を傾げるタケミチの頬に手を伸ばす。ふくふくとした綺麗な頬を撫で、目を細めた。
「今も昔も可愛いなぁって意味」
青い目が一瞬にして赤くなった。彼女の瞳はゆらゆらと揺れて青と赤が混ざり合い、滲んでいる。
「秘密なんてたかが秘密だな。やっぱ好きだわ」
「えっ」
「お前さ、小せぇ頃俺と何があっても好きでいてくれるなら付き合ってやるって約束しただろ?」
「まあ、うん」
「付き合ってくんねーの?俺別にタケミチがタケミチって事分かっただけで満足だぜ?お前が宇宙人でも良いよ」
「しょ、正気?」
タケミチの言葉にコクリと頷く。すると彼女は生唾を飲み込み、信じられない物を見る様な目でこちらを窺っていた。先程まで目から鱗な事を言われていた彼女にどうしてこんな顔をされなければならないのか。俺は『えー…』と言葉を漏らした。
「お前が言ったんだろ」
「いや…まあ…」
「俺だけがお前の事覚えてて、いたかもしれないライバルもいないとかこんな好機ねぇだろ」
「……うーん…いやぁ……まあ、カクちゃんが良いなら良いけどさ…」
「じゃあ決まりだな」
タケミチはここに来て勝手の自分の言動を後悔したらしい。まるで揶揄う様に適当に投げ掛けた言葉がまさかこうも引っ張られるとは思ってもいなかったのだろう。タケミチは困惑していた。赤と青の混ざる瞳が更にぐるぐると渦を巻いた。
「じゃあこれからよろしくタケミチ。お前の彼氏になれて嬉しいよ」
「え、えぇ〜…良いんだ…」
「お前は嫌なのか?タケミチが言った約束だろ?」
「い、嫌じゃないけど…じゃあカクちゃんは私と一緒に宇宙のどっか遠い所までいける?」
「…まあ、今はイザナにも真一郎くんとか妹さんとかいるしなぁ。折を見て俺も自分の事するのも悪くないか」
「太陽系の奥で、銀河の彼方で、ずっと遠くて果てしない場所だよ?」
「良いぜ。どこでも行くよ」
俺の心が揺らぐ事はないと悟ったタケミチは更にぐるぐると目を回した。滲んだ瞳が不規則なマーブル模様を描いていく。動揺でジャングルジムの上から滑り落ちてしまいそうな彼女の背中を支え、俺は笑顔を浮かべる。
「そんじゃ、宇宙の果てまでよろしくな」
「…うぅ〜…カクちゃんに振り回されるのムカつくー!」
タケミチは唸りを上げながらぷっくりと頬を膨らませる。目もいつの間にか綺麗な青色に戻っていた。空と同じ色をした青い瞳はやはりいつ見たって綺麗だ。それもこれも、もう全部自分の物だと思うと何だか凄くドキドキした。
ニヤつく俺を見てタケミチは俺の肩を思い切り叩く。不機嫌そうに膨れた顔はやっぱり可愛くて、ジャングルジムの上で俺は彼女を抱き締めてしまった。

1つ前へ戻る TOPへ戻る