クローゼット

「世一ちゃん、出掛けよう!」
ソファーでしっかりと横になり、スマホを目の前に掲げて寛ぐ潔は楽しそうな雪宮を横目で見る。『へー』と何も合っていない返答をして、またスマホの画面に視線を戻した。
「ほら立って!」
「……今から私ドラマ見ようと思ってたんだけどー」
「ゴロゴロしながらスマホ弄ってるだけのくせに文句言わないの!」
「今から見る予定だったの!」
「急遽だけどディナーのお店予約取れたから、これから君が何を言おうと強制的に連れ出します」
「え、待っていつ予約したの」
「今さっき」
「うそ、いつの間に…?」
知らないうちに予約なんかして。私が面倒臭がると知って逃げ道を塞いでおくなんて小賢しい奴め。潔はジッと雪宮を睨み、うぅんと背中を伸ばした。
予約時間を聞けば、雪宮は平然と答える。今からだとまだ時間に余裕はある。行く準備は簡単に出来るし、勿論、予約を取り消す事も出来はするけれど。当日に予約を取ってすぐに取り消すなんて冷やかし以外の何者でも無い。雪宮の言葉に、潔は大きく息を吐いてゆったりと起き上がった。
「服かぁ…どうしようかな…」
「あ、俺が決めるね」
「は?」
「おいでおいで」
おいでなどと言いつつ、割と強引に手を引く。潔はされるがまま、自室のクローゼットの前までまんまと引っ張られた。
雪宮はこの部屋の主の許可も取らず、無遠慮にクローゼットを開けた。それから数着、ハンガーにかけられた服を手に取る。
「これと、これ…うーん、これも良いなぁ」
「おいこら、私の部屋だぞここ」
「俺の色味比較的パキッとしてるし、世一ちゃんも派手めでも良いかも」
「人のクローゼット勝手に漁んな。なんでお前に服決められなきゃなんねーんだよ」
そう訴えても聞く耳持たず。知らん顔した雪宮はマイペースに服を見定め、潔の身体に押し当てた。
「…雪宮さぁ」
「ん?」
「もしかして自分が選んだ服を着た私と出掛けたかったから予約なんかした?」
「したかも〜」
素直に話してくれようものなら検討だってしたのに。毎回毎回この男は突発的に自分の欲を発散させようとしてくるのだ。
自分の選んだものを身につけさせて侍らせるのは、雪宮の全てが出ている行動だなと潔は常々思う。彼女は自分のものですと主張している様な、目立ちたがりでやたらと強い独占欲の様な支配欲の様なものは少しだけ気持ち悪く感じてしまう。潔は眉間に皺を寄せ、はた迷惑そうな顔で雪宮を見た。
「なんかやだ。マーキングみたいじゃん、キモ…動物的…」
「……あのねぇ…」
色気のない事を言うなよとひと睨み。潔はそう思ったから仕方ないじゃんと唇を尖らせて応戦した。それでも服を選ぶ手は止まる事なく、再び一度静止した手を動かした。
「好きな子に自分が思う可愛い服着せたいじゃん。それで一緒に歩きたいじゃん。俺そう言うセンスあるし、任せて損はないと思うよ」
「染めんなよ、俺色に」
「ちょっと上手い事言ってやったみたいな感じ出すなよ」
雪宮のツッコミに耐え切れず潔は笑う。『ふふ』と薄く笑みを湛え、それから『でも』と言葉を続けた。
「心外だな」
「え」
「雪宮は私の事が大好きで可愛いからどんな格好しても可愛いと思ってくれてると思ったんだけど、違った?」
「…ちが、わないけど」
正直、高校時代の体操服なんか着てヨレヨレのショートパンツでスーパーやコンビニに出掛けてしまうルーズさも含めて可愛いと思っているので間違ってはないけれど。いざ本人から指摘されると恥ずかしい。
「可愛いのは当たり前で、そっからもっと可愛くしたいって思ってるだけ」
「……悪趣味。やっぱ俺色に染めたいだけじゃん」
「…そうとも言うのかもしれないけども!」
「可愛くなりすぎて、他のイケメンに取られても知らない」
「プロサッカー選手兼モデルのハイスペックイケメン、俺以外でこの世にいる?」
「まあ、玲王はハイスペックだよね」
本物のハイスペックの名を出され、雪宮は唸った。それについては否定が出来なかった。玲王は確かにハイスペックというか、存在が規格外だからだ。服を片手に首を傾げ、眉を顰める雪宮を見て潔はただ満足そうに微笑んだ。
「あとスポンサーとかの関係上、皆意外とモデルしてるかも」
「…確かに………」

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