大きな公園の芝生に二人は座っている。昼食のサンドイッチのソースを親指に付けてペロリとそれを舐める武道の事を、鶴蝶は横目で見ていた。別に機会なんて幾らでも作れるし、タイミングは今でなくとも良いのだけど。それでも彼は自分が感じた何となくの勘の様なものを信じてみる事にした。
「あのさ」
「ん?」
「好きな人いるんだけど」
武道は目を丸くして鶴蝶を凝視する。サンドイッチの包み紙を丁寧に織り込んでいた手を止め、ポカンと口を開けた。
アイスティーを飲んだばかりなのに口はカラカラに渇いていて。心臓は今にも大爆発を起こしそうで。なんだか頭も痛くなってきたけれど、それでももう止まれないから。『あの』と再度口を開いたが、それより先に武道が歓声を上げた。
「ええーっ!うそー!まじー?」
「あ、お、おう」
「ひゃー!すごいねー!」
思っていた反応とかは特に無いけれど、何だか違うなと感じるのも事実で。一人盛り上がる武道に押されて若干引き気味になっていた。困った様に眉を下げてそれからハッとした鶴蝶が本題を伝えるよりも数秒先に、武道が楽しそうに口を開く。
「どんな子!?何系!?」
「……アッ、え」
「横浜の中学の子?」
好奇心しかない彼女の質問に鶴蝶は額を押さえそうになる。どんな子と言われれば無邪気でお転婆で諦めの悪いかっこいい女の子だし、何系と言われれば圧倒的に可愛い系である。要するに今目の前にいる貴方が好きなのだが、当の本人は自分を全く勘定に入れていないみたいで。本格的に眉間がズキズキと痛くなってきた様な気がした。
「写真ある?見たい!」
いや、このまま写真を見せて流れで告白なんて。そう考えあぐねてピタリと止まった。そう言えば正式に武道と撮った写真など、鶴蝶の手元にはなかった。あるのはコソコソとバレない様に気を付けた隠し撮りの数々で、彼女非公認の盗撮など本人に見せるべきものではない。
鶴蝶は眉間に皺を寄せる。出せる写真など何も無くて、『どんな子ー?』と目を爛々とさせる彼女に重々しく首を振った。
「……すまん…」
「あー、そっかー、恥ずかしいんだー。そうだよね〜、昔馴染みに知られるのってちょっと恥ずかしいよね〜!へー、ふふ〜」
勝手に納得した武道は尚も楽しそうな様子だ。対して鶴蝶と言えば、当初の予定とは百八十度違った方向への進行に顔を青くしている。全ての計画が一発で破綻して無事ノープランと成り果てた少年は重たい肩を落とし、意気消沈である。
「ねぇねぇ、カクちゃん、もうデートとかはした?二人で出掛けた事とかある?」
「………あー、いや」
現に今二人で出掛けてますけどね。そう返せれば良いのだが、こと恋愛においては割と草食な鶴蝶には少し難しい話で。咄嗟に出た言葉が『いや』と言う一般的に否定的に聞こえるものだった。
「じゃあじゃあ!私がカクちゃんのデート用の服選んだげよっか?」
「………えっお前が?」
素で出た驚いた声に武道はムッと頬を膨らませる。鶴蝶がそう言うのも、彼女は何せ普段着のダサさ、圧倒的センスの無さにに定評があるからだ。最近こそオシャレで可愛くて、今日なんかはガーリーで随分と可愛らしい格好をしているが、東卍が解散する前は目も当てられないほどダサかった記憶がある。かつて着ていた外国人も着なさそうな変な文字入りTシャツや、極彩色の服のインパクトが強すぎるのだ。
そんなセンスの人間に他人のコーディネートなんて到底無理な話だ、と言う鶴蝶の心の声は全部表情に滲み出ていた様で。武道はムムムと顔を顰めた。
「…私はダサいから絶対無理って思ってんだ」
「………いやぁ」
「最近は改善されてるんですぅ!エマちゃん達が教えてくれてるおかげで!マイキーくん達にもセンス上がったって褒められてんのっ!だから大丈夫!」
「……ほんとかぁ?」
「本当かって言った!そりゃ灰谷兄弟とかセンス良い人が近くにいるしさ、私全然いらないかもしんないけど、……好きな女の子と歳が近い女の意見って有益だと思うんだよね」
好きな女の子と歳が近いと言うか、好きな女の子本人なんですが。そんな鶴蝶の心など知らず、武道は『あ、もしかして好きな人って年上の大人のお姉さん…?』なんて更に的外れな事を言って焦っている。
まあ、でも選んでもらうのもありかなんて。好きな子が本人なら、その本人の好みに合わせて服を選んで貰えばバッチリだろうし。選んでもらった服の系統に合わせてここから服を買い揃えていけば、少しくらいかっこいいなんて意識してくれるかもしれないし。
「…一理あるか」
選んでもらうと言うか、好みを教えてもらってきっと損はないよなと感じたので。鶴蝶はこくりと頷いた。
「…わかった。頼む」
「…!うん!まっかせてよ!カクちゃんの事かっこよくしちゃうんだから!」
折角折り畳んだ包み紙をクシャッと握って、それを気にせずにパッと笑う。本題からはしっかり逸れているし、脈もある様なない様な。何もかもが複雑な気持ちを抱いたまま、鶴蝶はただ困り顔ではにかんだ。
辺りをキョロキョロと見渡し、武道は忙しなく歩く。沢山並ぶ服屋の中から良い感じのメンズファッションが並べられている店に入っては、置かれた服を手に取ってマジマジと見つめた。
「うぅん、なんかカクちゃんって半袖のTシャツ一枚だとなんかなぁ、似合わない訳じゃないんだけど、なんかなぁって感じだよね」
「どう言う事だよ」
黒の半袖プリントTシャツを押し当てられ、何とも言えないふわふわした感想を述べた。とは言え、鍛えまくって体格が良過ぎるせいかオーバーなサイズでなければ身体のラインや筋肉がくっきり出てしまい、何だか少し厳つくてファッション性がマイナスになっていると言うのは確かにある事ではあるので。案外間違ってない彼女の評だが、特に『そうだな』とは返さなかった。
「タケミチは」
「お?」
「どんな服が好みだ?」
急に勝負をかける鶴蝶。しかし武道はあっけらかんとして『何言ってんのー』と笑う。
「私の好み聞いても意味ないじゃーん」
「…………だとしても」
「だとしてもー?えー…まあ、私くらいの女の子は同年代の子が割と大人っぽい服着てたら『おおっ!』てなるし」
「おう」
「私もそうだし」
そうなんだ。同年代が大人っぽい服を着ていたらドキッとしてしまうませた感性が武道にもあるみたいだ。『へー、ふーん、ほー』と頷く鶴蝶の横で武道は話を続ける。
「柄シャツとか、丈長めのジャケット?とかかっこいーって思うよ」
「柄シャツ…」
体付きも顔も厳つい鶴蝶が柄シャツなど着たらどうなるか。本人も分かっている。どう見てもその道の人にしか見えない風貌になってしまうから、濃い色のカラーシャツと柄シャツだけは何となく避けていたのだが。武道がそう言うのなら購入も視野に入れるべきかと悩んでいると。
「まあ、でもカクちゃんが柄シャツ着たらちょっと洒落にならんかもしれないし、怖がられるか…」
彼女が勝手に答えを出してくれた。けど鶴蝶としては少し複雑な気分で。顔の怖さを肯定されるのは何とも言えない心地だ。
「でも可愛い柄だったらいけると思う!」
「可愛い柄?タケミチはどんな柄がいいと思う?」
「んー…」
ジィッと鶴蝶の顔を見つめる。真っ直ぐ捉えてくる青い瞳にドキンコドキンコと心臓を鳴らして気が気でない状態でいると、武道が首を捻った。
「……アヒルさんとか?」
「あ、アヒルさん?」
「ネコとか」
「ネコ…?」
大きなアヒルやネコが沢山プリントされたシャツを着て街を歩けと言うのか。鶴蝶は流石に動揺する。大柄の男がそんな可愛らしいデザインの服を着たら完全に注目の的だろう。あまり良くない意味で。
顔に傷のある、いかにも不良っぽそうなガタイのいい男というだけでも目立つのに、これ以上悪目立ちするのは少し嫌だが。彼女は無情にも『意外と似合うかも…?アヒルさん』と納得し始めていた。
「通販で見たの、アヒルさんの柄シャツ。大きなアヒルプリントされてて、めっちゃくちゃ可愛くて」
「アヒル…」
「そうだ!今度プレゼントしたげる!誕生日!ね!」
「…!いやいや、女子に奢らせる訳には」
「友達にプレゼント送るのに男子とか女子とか関係無いし!奢るとかじゃないので!決まり!カクちゃんの誕生日プレゼントはアヒルさんの柄シャツです!大きなアヒルさんと一緒に可愛くなろうね!」
マトモになったと自称していた彼女のセンスはやはり安定のユニーク具合なのか。まあ、貰って似合わなければ箪笥の奥に封印しておくだけだから良いかと到底声に出しては言えない事を思う。
「まあ、私はカクちゃんの事怖いとか思ってないし、いつものシンプルな感じの服も良いと思うけどね」
「じゃあいい」
「良くないよ。私は不良に慣れてるからいっかーって思うけど普通の子は怖いって思うんだから!」
「…タケミチは何でそんなに俺のために何かしようと頑張るんだ」
「え、だって幸せになってほしいもん、カクちゃんに。イザナくんに振り回されて、色んな人のために色んな事してきた君にもちゃんと幸せになってほしい。だからカクちゃんのためなら何でもしてあげたくなるんだよ!好きな子がいるんだったら、その子と付き合うためのお手伝い、出来たらなって!」
嬉しそうにそう言って、にこりと笑った。その気持ちは鶴蝶もひどく嬉しく思ったし、自身を顧みない優しさは変わらないと思ったけれど。彼女に求める事はそうではないのだ。何もキューピットをしてほしいなんて、そんな事はない。
「その気持ちは、嬉しいんだが…」
「あ、でも、迷惑だったら言ってね!お前は視野狭くなりがちって千冬にもよく言われるから!」
少しこちらを伺う様な遠慮がちな目。飼い主に怒られた犬の様なしおらしさと似た可愛さがあって胸がギュッとなる。
俺にそんな気持ちがあるなら付き合ってくれれば良いだろと。寧ろそれが一番良くて嬉しいだなんて。健気な彼女の表情を見てしまったら、そんな強気な言葉はどうにも言えない。グッと息も唾も飲み込んで声を振り絞った。
「……………アリガト……」
「…!へへ、任せて!」
遠慮がちな様子から一転、嬉しそうに顔を綻ばせる武道。そんな顔を見たら、鶴蝶はますます何も言えなくなってしまった。