小悪魔ちゃんのモテ男観察記

「お兄さんお一人ですか?」
「お暇だったら一緒にご飯とかどうですか?」
小柄な女性二人が声を掛けてきた。フェミニンな格好をした小綺麗な二人はピンク色のリップを塗った唇の端を上げて笑っている。
「いや、彼女を待っているので」
「えー、じゃあ来るまでお話ししません〜?」
「お兄さん、お仕事何してるんですか〜?」
ナンパしてくる様な女性に『ツレがいる』と言っても引き下がってくれるはずがない。困った表情の鶴蝶を見ても彼女達は狼狽える事なく話し掛けてくる。
「お兄さんめちゃくちゃいい身体してるからアスリートとか?」
「え、本当筋肉凄っ!触ってみたいなぁ」
女性相手だと強く出れない鶴蝶はしどろもどろになりながら、やんわりと彼女達の申し出を断り続ける。そしていつまで経っても待ち人は来ない。連絡自体はもう来ており、『もうすぐ着くよ』とメッセージを貰ったのは十分程前である。全然まだ着かねぇじゃねーかよ。まるで幼い頃の様に彼女が駆け付けてくる事を期待しながら、鶴蝶は女性達の猛攻を必死に凌ぎ続けた。
鶴蝶が女性とやり取りを続ける最中、少し離れた所で武道はその様子を見ていた。実は鶴蝶の待ち人とは武道の事である。しっかりとメイクをしてお洒落に着飾った彼女は駅の柱の影から困り果てる鶴蝶を観察していた。
「百回に一回のレアケース今日来ちゃったか〜」
百回に一回と言った統計も今武道が適当に言った事ではある。しかし普通の男性よりも多く、女性に話し掛けられる機会が彼にはあった。鶴蝶はイケメンだが、それなりに強面でガタイも良いのだから女性は怖がって近付かないと思いきや、意外にも積極的な肉食系女子が食い付いてくる。その容姿に反し、鶴蝶は割と女性に弱い男であるので本人もかなり困っていた。
「たはは、困ってるカクちゃん面白〜。キョロキョロしてるから私探してるんだろうな〜、可愛い。あ、待って、あのお姉さんのワンピース可愛くない?ネット探したら売ってないかな」
逆ナンで困っている鶴蝶を助けるつもりは毛頭無い。普段はあまり見ない様な困惑の表情を見る事が出来るのが武道にとっては新鮮で面白かったのだ。
だが流石にずっとそのままにしておくのも可哀想だし、折角のお出掛けの機会なのだからその時間は多ければ多い程嬉しいというのも事実。そろそろ助け舟を出してあげようかと武道はスマホを弄る。そして鶴蝶に電話を掛けた。
「…もしもーし」
『…ッタケミチ!お前今どこ!』
「ごめーんっ!電車乗り違えちゃって遅れちゃった。今駅出たとこ。改札の前らへんいるよ。カクちゃんどこいるの?」
武道は知らないフリをした。彼女は先程の事を全て知っているのに。少しだけ声のトーンを落として喋れば、申し訳なさそうな腰の低い感じが演出出来る。武道はあまりにも確信犯であった。電話の向こうから女性の声がする。どう考えても彼女であろう人との会話にも狼狽える事なく、彼女達は鶴蝶に詰め寄っている様だった。
『あっ、いた。タケミチそこ動くなよ』
「えー、私行くのに」
『良いから大人しくしてろ』
そう言って鶴蝶は電話を切った。するとバタバタと騒がしい足音が聞こえて武道は顔を上げた。
「あ、カクちゃ…」
「タケミチッ!おっせーよ!」
鶴蝶は叫び、彼女の小柄な身体を抱き締めた。突然の事に武道は『うおぉ!』と色気の無い声を上げる。
「どした?」
「何で乗り間違えんだよ〜!」
「ええー…よしよーし。泣くなカクちゃん」
「泣いてない!」
女性二人の総攻撃に疲れ果ててしまった鶴蝶は武道の肩に顔を埋め、擦り寄る。本当は乗り間違いなどしていないし、困る鶴蝶が面白くて眺めていただけなのだが鶴蝶が知るはずもない。安心を求め、遂には武道の匂いをいっぱいに嗅ぎ始めた鶴蝶だが、武道はそんな彼に笑い、背中を摩った。
鶴蝶と出掛ける機会があり、待ち合わせでナンパに会っていた時、それを悠々と観察する事が武道の趣味であった。鶴蝶の一挙一動が面白くてついしてしまうのだけれど、彼女に鶴蝶を虐めようと言う意志は無い。ただ鶴蝶が可愛くてやっていた。
そんな彼氏には言えない密かな趣味を密かに続けていた武道だったが、ある日、その秘密は暴かれた。待ち合わせ場所に着くと鶴蝶が女性に絡まれていた。困った顔で応対する様を遠くで眺め、『かわい〜』と呑気に言葉を漏らす武道だったが、不意に鶴蝶が振り返った。武道は鶴蝶の背後でゆっくりと観察していたため、振り返られると確実にバレてしまう。鶴蝶の突然の挙動に驚き、後退った武道だったがもう遅い。鶴蝶と完全に目が合ってしまった。
背後でこちらをジッと見つめている彼女に驚き、身体を固めた鶴蝶だったがすぐさま動いた。話し掛けてくる女性を押し退け、武道の方へ真っ直ぐと向かって来た。逃げようと後退するも鶴蝶が『動くな』と気迫の籠った顔でジェスチャーをするものだから動けずにいた。
「よお、タケミチ」
「か、カクちゃん…」
「お前、俺が困ってる所ずっと見てたな?」
「うーん、どうかな」
「……もしかして毎回ナンパされてる時だけお前が待ち合わせ時間に遅れるのって逆ナンされて困ってる俺を見てたからか?」
「……へへ、…すみません………」
鶴蝶に詰められ、武道は目を泳がせる。それでも尚、鶴蝶は武道に距離を詰めて来た。
「男に絡まれる分には良いが、女性に、絡まれるのは得意じゃねぇから、見てんならさっさと助けに来て欲しかったな」
「…うん、ごめんね」
こくんと首を傾げ、上目遣いで鶴蝶を見つめる。甘えた様な表情に鶴蝶の意思もぐらつくが、何とか耐えて追及を続けた。
「タケミチは、…俺が女性にその…迫られてもヤキモチとか、焼かねぇのかよ」
「焼かないかな」
聞いてからワンクッションも置かずに否定される。鶴蝶はショックを受け、狼狽えた。
鶴蝶は武道の事が大好きだった。折角好き合って付き合えたと言うのにヤキモチの一つも妬いてはくれないのか。好きなのは自分だけだったのかと黙り込んでいると武道はへらりと微笑んだ。
「カクちゃん、浮気とかそんな器用な事、上手く出来る?」
「いや…」
「それにカクちゃんは私の事が大好きだから浮気なんてしないもんね」
鶴蝶は唸った。彼女の得意げな顔も言い方も全てが可愛くて頭を抱えてしまう。片想いどころか、とても信頼されている事にも嬉しく思った。そして鶴蝶は大きく手を広げ、武道をいっぱいに抱き締めのだった。
「かわいい…」
「ごめんねカクちゃん。カクちゃんに意地悪した私の事、許してくれる?」
「許すぅ…かわいい…」
一挙一動、言葉の端々全てが最高に可愛く見えてしまって仕方がない。公衆の面前である事も気にせず、鶴蝶は武道を抱き締めていた。ナンパした女性達もその光景を見て冷めた顔をし、すぐさまその場から立ち去っていった。
武道は抱き付く鶴蝶の背を優しく叩く。まるで赤子をあやす様にゆっくりと叩いた。武道は全身に鶴蝶の温度を感じながら微笑む。よし、またやろう。鶴蝶に詰められた武道だが、勿論反省などする事なくにこにこと笑うのみであった。

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